幕間劇 04

「タジ。君は君がいるその場所が全き現実だと信じているようだけれど、それはちょっと違うんだ」

「何が違うっていうんだ。仮にお前が唯一神だとしても、この世界が現実じゃあないなんて誰が証明できる?」

「証明云々以前の問題なんだよ。考えてもみてごらんよ、君はつい先ほどまでいた異世界を夢の世界だと否定してみせたけれど、それを否定する理由がどこにある?今、タジがその世界にいることがその証明になるとでも?」

「ならないとでも?」

 遠回しな物言いに、タジは思わずいらだってしまう。画面に映る人の形をした影の声は、明瞭であり、聞きやすいボーイッシュな声だ。

 だというのに、どうにもそれはタジの神経をささくれ立たせる。

「タジ、君はもう分かっているはずだ。分かっているのに、それを必死に見ないようにしている。それは自分に対して不実だと思わないかい?」

「自分自身に嘘をついているって言うのか?馬鹿馬鹿しい」

「それじゃあ、君が僕の言葉を真実だと見抜いた技術はいったいどうやって身につけたと言うのさ?まさか、君は夢の中で念じただけでその技術を身につけたとでも?」

 ディダバオーハと名乗る画面の向こうの影は、心底楽しそうに問う。

 あわてふためくタジを見て、矮小な人間の姿を嘲笑うかのように。

「……じゃあ、異世界の出来事も、全て現実だったっていうのかよ」

 正直なところ、タジは現状でさえ夢の中だと思わずにはいられなかった。先ほど廊下から生えてきたカッターナイフの草原も、シャワーカーテンの奥に隠されていた女性の死体も、どこか全て現実味のない出来事のように思われて仕方なかったからだ。

 いや、とタジは思い直す。

 あれは現実だったはずだ。俺はこの世界を旅立つ前に、確かにこの手で……。

「あれ……?いやいや、違うだろ」

「違わない」

 截然とした口調で、ディダバオーハは断言した。

「違わないよ、タジ。君が殺したんだ」

「……言っている意味が分からない」

「そうやって過去を曖昧にして、自分の都合のいいように捻じ曲げるから、だから人間ってヤツは嫌いだ」

 影の形は、そのまま液晶テレビの縁を掴むと、のっそりと身体を画面へと近づけて、それから、座椅子に座るタジの目の前に這い出るようにして現れた。

「もう一度、よく思い出してごらん。君が、彼女を殺したんだ」

「嘘だ」

「ウソなもんんか」

「信じない」

「信じる信じないに関わらず、君の犯した罪だ」

「ふざけるな!」

「ふざけているのは君だろう?」

「うるさいッ!」

 タジの首をゆっくりと掴み、耳元で囁き、漆黒の影が身体に染みわたるようにして言葉を発し続けるディダバオーハを振り払うように、タジは腕を大仰に振ってみせた。

「ああ、嫌だ嫌だ。全く、どうして君みたいな過去を直視することもできない臆病者が、バグに見舞われるんだろうねえ」

 ひとしきりタジの耳元で囁き終えると、黒い影は満足したとばかりにスルリと画面の中へと帰っていく。

 外にはパトカーのサイレンが鳴っている。

 そのサイレンの音が視界を覆うような感覚に囚われると同時に、タジの視界はホワイトアウトを起こして、もはや再びその世界に踏み入ることはなかった。

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