幕間劇 02

 気が付くと、そこは小さなアパートの一室だった。

 喉がイガイガする。タジは座椅子から立ち上がると、ゆっくりと伸びをした。

「ここは……」

 俺の部屋だ、とタジは思った。

 死んで、異世界に行く前の、俺の部屋。

 薄型の液晶テレビには、特別一挙放送のアニメがやっている。前世の功徳でスマートフォン一台をもって異世界へとやってきた主人公が、異性に囲まれながら世界を巡る物語。

 そうだ。俺もそうなるはずだった。

「いやいや……結局はただの夢落ちだったんだな」

 リビングの扉を開けてキッチンへ。キッチンはそのまま玄関へと続いており、続く廊下がキッチンの向かいにあるウォータークローゼットとを分ける。風呂とトイレは分けられておらず、浴槽がそのままシャワールームでもある。

 そのシャワールームから、異臭がする。

 タジはわずかに鼓動が早くなるのを感じた。

 そうだ、全ては夢の中の出来事だ。

 異世界転生なんて、よくある物語の一形態ってだけだ。現実はそんなに馬鹿馬鹿しくない。人生は一度きりだし、それは他の人間だってそうだし、だからこそ人は一度きりの人生を謳歌するために生きるんだ。

 来世なんて、ない。

 あるのは、現在と地続きの目の前にある現実だけだ。

 その現実が、タジのめくるシャワーカーテンの向こうにあった。

「……ッ!?」

 バスタブの中に、折りたたまれるようにして人が一人、入っていた。シャワーカーテンで遮られていた腐臭と、むせ返るようなカビの臭い。一嗅ぎしただけで、吸い込んではいけないと分かる淀んだ空気。

 目と口を大きく開けて、何かを訴えるような表情で、若い女性が絶命していた。

 長い髪と折りたたまれた四肢の奥に見える首筋には、縄の跡。抵抗が強かったのか、食い込んだ縄が皮膚に擦れて擦過傷を起こしている。強張る指先は、喉に食い込んだ縄を外そうと抵抗していたのだろうが、死後硬直に見えなくもない。

 タジは、後ずさろうとして便器に足をとられ、そのまま便座にへたり込むようにして座った。レバーに手がかかり、水が流れていく。

 その水も、スムーズには流れず、枯れたような、粘っこい音を立てていた。便器の中に目をやると、流れる水は真っ赤で、明らかに血の臭いがする。

「うわああああ!!?」

 タジは叫び、引っ掻くように扉を開いてリビングへと戻った。

 窓も、カーテンも開いている。朱く染まった夕暮れの空に照らされた部屋には、無数の縄紐が天井からカーテンレールから垂れ下がっていた。

「何だ!?一体何なんだよ!!?」

 恐ろしくなってその部屋を逃げ出そうと玄関に向かうタジの足元、その行く先を阻むように、廊下の板張りから幾本ものカッターナイフが飛び出した。

「うわっ!?」

 畦道に生えるつくしのように無数のカッターナイフが飛び出し、わずか1,2メートルの廊下は、すっかりカッターナイフの群生地と化した。

 おまけに、扉からも無数の針が外から中に向かって突き出ている。

「何、なんだこれは……」

 非現実的な光景に、タジは目の前が真っ白になりそうだった。

「これが……現実?これこそ非現実的だろうがよ……」

 現実と夢の狭間が、分からなかった。

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