盗人の城 51
その声の主は、左目から口元にかけて大きな刀傷の出来た壮年の大男だった。
整えられた口髭と、重装備をした他の騎士たちとは異なる、動きやすさを重視した軽装。その色合いは他の騎士たちに比べて鮮明で、身につけた衣服――それはもはや防具とも呼べぬほどに一般的な服装にしか見えなかった――が包む肉体こそが鎧、あるいは武器だと主張しているかのようだ。
「全ては貴様を支配するため、我々は常に技術を磨いてきたのだ」
視覚や聴覚などで人間の精神を乗っ取るのであればそれを防げばよい。いかに技術を磨こうが、対処できるのであればいかほどでもない。
これは、言い訳作りの次善策などではなく、二段構えの策だったのだ。
タジがそれを催眠術だと見抜き、それを破った上でもう一度催眠術にかける。言葉にしてしまえば単純なもので、しかし相手が格下であると意識するほどに、単純な策はタジの心理の死角となって襲いかかってくる。
タジは、己の傲慢によって術中にはまってしまったのだった。
「身体が……ッ」
口にできる言葉もわずか。
タジの意識は襲い来る騎士群への対処で精いっぱいになりつつある。物量で攻める騎士群は、一定の間隔でタジに襲いかかる。その上、彼らの姿形は鎧で隠しているために見た目は画一で、襲いかかってくる姿も、騎士群の襲いかかってくる放物線さえも瓜二つ。
対処をすればするほど、視覚、聴覚、その他あらゆる感覚が心理の死角をついてタジをより深い催眠状態へと誘う。
頭ははっきりとしているのに、この騎士たちの攻撃が、タジを催眠にかける引き金であるとわかっているのに、そこから抜け出す術がない。槍衾による精神の支配は、一瞬でタジの精神を乗っ取ったが、騎士群による間断ない攻撃は、単純な刺激をタジに与え続けることによって催眠をかけ続ける効果もある。
感心するほどに効果的な攻撃だ。
「このまま、踊り続けていただこう。二時間もすれば、貴様の身体感覚も完全に支配できる」
「こ…のッ……!」
「まだ抵抗できるとは、さすがの力だな」
タジが抵抗できるのは、むしろその壮年の男が現れたからである。
単調な攻撃は、五感を奪い支配することで完全なものとなる。そこに異物として現れた壮年の男の姿が、タジに抵抗する隙を与えたのだ。
とはいえその隙は、砂漠に落ちた一粒の砂金ほどの隙である。もはや自分で何かを決定してことに望むことすら、タジには不可能だった。
これは確かにミレアタンの魔法に似ている。
タジはもう何度目か分からない騎士群の突撃を払い除けながら、ぼんやりと考えていた。
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