盗人の城 50

 最初に振った槍先を見ることが、合図だったのだ。

 人の五感は規則的な物に弱い。特に聴覚と視覚はその傾向が顕著で、人間はそこから得る情報を簡単に見誤る。

 見誤るとどうなるか。

 幻覚を見るのだ。

 その幻覚を操り、人間の精神を揺さぶる技術を催眠術というのであれば、タジがかかったのはまさしく催眠術であった。

 視覚を一瞬でも支配されたタジは、そのままあらゆる感覚を奪われ、一瞬で意識を乗っ取られたのだ。

 何に?

 目の前の槍衾に、だ。

 槍衾の先端が上下左右にわずかに揺らしたその動きが、タジの意識を支配した。五感を奪われ、幻覚に襲われ、タジは現実を見失う。

「お前ら、俺が精神攻撃に弱いことを知っているんだな」

 四肢に絡みつく魔獣、その歯の鋭い痛みと重さをあえて無視し、タジは自分の頬を思い切り両手で挟み込むように叩いた。

 乾いた音が鳴ると同時に、蜂玉のようにタジを取り巻く魔獣の全てが風船のごとくはじけ飛んだ。

 視界が広がると、長盾を放り投げた騎士たちが、タジに向かってまさに斬りかからんとしている。

 タジは空を切るように回し蹴りを放つと、室内であってか、生じた真空破はもろに騎士たちを直撃し、身体をくの字にして後方へと吹き飛んだ。

 槍衾などとっくになかった。

 吹き飛んだ騎士群の隙間を縫うように、第二波の騎士たちがタジめがけて襲いかかる。幻覚で見た魔獣の蜂玉のようなものを、今度は人間でやろうとでも言うのだろうか。

「それは無謀がすぎるだろうが!」

 寄せては返す波のような騎士群の攻撃。タジがそれによって弱るかどうかなど一顧だにしない消耗戦のような戦い方は、それさえも幻覚なのではないかと疑いたくなるほどに単調だった。

「まさか、勝ち目がないからと言い訳を作っているんじゃあないだろうな?」

 単調ではあるが間断ない攻撃は、確かに総攻撃の様相である。消耗疲弊は激しく、しかし実入りは少ない。もし最初の催眠術じみた精神攻撃が破られてしまった場合の次善策として、負けた時の言い訳作りをしているのなら、そんなものには付き合うだけ無駄だ。

「まさか」

 単調な攻撃。

 タジはもっとそこに意識を向けるべきだった。

「貴様は、人間の技術をなめすぎている」

「……茶番か。俺は秘宝を盗んで帰るぞ」

 間断なく襲いかかる騎士たちの攻撃を払いのけるのも飽いたタジが、その場を去ろうとしたその時だった。

「……???」

 意識ははっきりしている。

 しかし、身体が言うことを聞かない。

 間断なく迫ってくる騎士の攻撃に対して、迎撃を止められないのだ。

「我々は、貴様ごと秘宝をここへと封じ込める」

 ようやく、声の主がタジの視界に入った。

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