盗人の城 39
天井に設えられた噴水は、地面に向かって勢いよく水を噴き出し、天井に向かって水が落ちていく。この地下室だけが天地を逆にしたような、重力に逆らっているのがこの部屋に入ってきた人間の方だと主張するかのような自然な水の流れに、タジは思わず眩暈を起こしそうになるほどだった。
「一歩踏み入れたら、突然重力が反転するなんてことはないだろうな?」
「そんなことあるわけないじゃない」
エダードはその大きな地下室の中央、噴水の設えられた真下に立った。
「さすがに、水しぶきがいくらかかかるわね」
噴き出す水がエダードにかかると、その水は本来の動きを取り戻したかのように地面に向かって肌を伝う。
「それは……本物の水、なのか?」
「今は、そう。神の祝福と呼ばれた漆黒の水とは全く異なる、ただの水よ」
「今は、ねえ……」
燭の灯りを受けて炎のように立ち上る噴水の水は、天井に貼りついた水溜まりの表面が朝の湖のように煙っている。それ以外にどこもおかしなところはないが、部屋の天井真ん中にそれがあるために、部屋全体が違和感で覆われていた。
エダードに倣ってタジが部屋の中央へ歩み寄り、噴き出す水に触れてみる。
触れたところから水は天井に向かうための反重力を失って、タジの指先から皮膚の皺を伝い、あっという間に前腕から肘を濡らして地面にボタボタと垂れた。
「うおっ」
思わず手をひくと、タジがまだ触れていなかった水は先ほどまでの反重力の働きで天井へ、タジが触れた水はそのまま地面へと落ちていく。
「なんだこれは……」
「この世の中で、炎だけが天に向かって上ることを許されている」
「突然何だ?」
「太陽は、天上から光と熱を降り注がせる。この噴水はね、太陽を模して作られた、いわば人工の太陽なのよ」
「太陽?」
火と水が相容れないことくらい、誰にでも分かる。
水をかければ火は消える。大火にわずかばかりの水では意味が無いにせよ、水をかけ続ければやがて消えるのだから、大筋に問題はないはずだ。
「そう言うことじゃなくて、もっと修辞的な話」
「修辞的な話と言われてもなあ……。天に向かって上ることができるのは炎だけで?この噴水は何らかの力によって、まあきっと魔法だろうが、その力によって天井に向かって落ちているから、炎……つまり太陽と同じものだと?」
「そういう風に考えて、この地下室の中に噴水を作った者が、最初にいたの」
「ほう。つまりここは眠りの国という歴史の始まりの地、ということか」
腕をふって水滴を払うタジを、眉根を寄せてエダードが睨む。
「普通の水なんだろう?」
「だから何よ?かかるんだから止めなさいって言ってるの」
「そうかい」
タジは片眉をあげた。
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