盗人の城 38
「その理由を知るには、実際に今からその場所へ行ってみた方が早いわね」
にわかにエダードは立ち上がり、タジに向かって指をパチンと鳴らした。
「これでアンタは誰にも目視されない。目に見えないって言うだけで、存在が消えたわけではないし、気配を感じられる人には感じられるから、その辺は気をつけなさい」
ずいぶんと便利な魔法だ。
もし、この魔法を応用して人間の視覚を操れるというのなら、タジは労せずこの呪いを無効化できる。
「残念ながら、この魔法はアンタ自身にかけている訳じゃあないのよ。アンタの周囲、空気に対して魔法をかけているの。私がいないと魔法はすぐに解ける。アンタ、これから一生私と一緒に生きるつもり?」
「なるほど、それは難しい話だ」
分かればいいのよとばかりに鼻を鳴らして、エダードは特に身を潜めるでもなく牢と化した居室の扉を開けた。軋む音もなくスルリと扉は開き、後ろ手に閉めることもしないので、扉は開きっぱなしの状態で放置された。
「いいのかよ、俺が脱獄したって思われるじゃないか」
「アンタ……自分が脱獄しないキャラだと思ってるわけ?」
他人にタジの姿は見えないのだから、エダードの言葉は全て独り言になってしまう。もっと言えば、タジの言葉は幽霊が語りかけるように虚空から聞こえてくる。これ以上話すことはないと、エダードは口を噤み、タジを先導するように城内を進み始めた。
城内は、思った以上に閑散としていた。それどころか、城自体が一種の迷宮のような内装をしている。目を凝らせばあちこちが継ぎ接ぎになっているように見え、もともとあった城の形とは異なっていることが分かる。
まるで、眠りの国が内紛によって混迷を極め、ようやく意思が統一されたものの、傷つき、疲弊し、体裁だけを整えて、しかしその内情は未だ混乱の最中にあるのを表しているかのよう。
「実際に、この国はまだ混迷の中にいるわ」
エダードは小声で言った。
継ぎ接ぎの壁、石壁に新しく作られた抜け道、燭台を動かすことで作動する道、天鵞絨の絨毯の下にある隠し階段、天井に吊るされた集合灯を引っ張ることで現れる別の道……。
曲がり、進み、壁の中にある隠し道を進んだ先に、タジが再びこの時代に生れ落ちた地下牢とは別の地下にある部屋へと、二人は足を踏み入れた。
「これ、は……?」
何かの錯覚かとタジは思った。
石造りの普通の部屋に、大きな噴水が一つ設えられている。西洋の庭園を思わせる真円石造りの噴水は、真ん中から滾々と清水が噴き出ており、放物線を描いて真円の水溜まりの中に水を滴らせる。
その水の色は燭の灯りによって炎のように赤々として、タジの錯覚を助長させるのだ。
噴水は、天井に設えられていた。
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