盗人の城 24

 若干の無謀はあれど、配慮や警戒が無いわけではない。臆病と果敢の間で中庸を得られる稀有で優秀な人間だ。口は悪いが喧嘩腰ではない。

 タジにとっては好ましい性格だった。

 店員が無言で二杯目の火酒を置いていく。回収されたグラスとは別の、粗末な木製の杯だった。

「これが何だと問われると、俺も頭が痛い。この光球頭の正体は俺も分からないからだ」

「分からないってのは、どういうことだ?」

「言葉通りさ。その経緯を説明しても信じてくれないだろうから結論だけ言うが、元々はちゃんと人間の顔だった。気づいたらこの顔になっていた」

 元の顔は美形だったんだぜ?と茶化してみたものの、光球頭自体が一種の冗談のような状態だったので取り合ってもくれなかった。

「気づいたら、って……」

「それも言葉通りだから仕方ない。いずれにせよ、そんな込み入った状態だから、俺はあまり人前で目立つ行動をしたくない。こういうところで話ができるのは、正直助かる」

 ルオムとしても、得体のしれないものと行動を共にし、おまけに話していることが他に知れたらどのような疑いをかけられるか分かったものではない。魔獣を利用する眠りの国からやってきた、人間かどうかも怪しい何者かとの邂逅に神経を尖らせない者など、白鯨の騎士団の中には一人としていない。

「人間、ってことで良いんだな?」

「ああ」

 タジは即答する。即答しなければ、自分が現在何者であるか、改めてその自我が問われるように思われたからだ。

「で、タジを名乗る」

「名乗るというか、おそらくお前らが思うタジ本人だ」

 店員が、机の上に頼んでもいない飯を置いていく。鳥腿肉の山賊焼きと、小麦粉を薄く延ばして丸く焼いたもの。付け合わせのものを適当に巻いて食べるものだ。

 ルオムは置かれた飯を一瞥し、薄く焼かれた小麦粉に付け合わせの野菜を乗せ、山賊焼きを細長く切り、一緒に包んでガブリと噛んだ。

 塩辛い山賊焼きは、野菜の甘みを引き立てる。口の端についた汁を拭うと、火酒をわずかに傾けて口の中を綺麗にした。

 ふぅ、と一息つくと、ルオムは困ったように頭を掻いた。

「荒唐無稽すぎて色々と頭が追いつかねえが」

「ゆっくり消化してくれればいい」

「いや消化するもなにも、タジは言わば伝説の人物だ。確かにムヌーグ様やその部下の一部、あるいは国の中枢と繋がりのあった商会や教会の権力者なんかには実際に会ったこともある、っていう人もいる。だけど、今はもうその顔さえも定かじゃあない。それに」

「俺の生まれ変わりを名乗る人物も出ていたか」

「アンタのっていうか、タジのな。いや、話がややこしくなるからタジの、で統一させてくれ。タジの生まれ変わりを名乗る者はいたが、簡単に言えば、その全ては偽者だった」

 太陽の御使いを名乗り、数々の奇跡に近い功績を上げてきたタジである。その神通力は復活や生まれ変わりにも至ると考えた者が詐欺を働く手段としてタジの名を使うことは予想できる。

「まあ、本物はこうしてここにいるからな」

「それはそれで話がややこしいんだよ……」

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