盗人の城 22
要するに、この若い男はその青臭さゆえに紙縒の国が清廉潔白であると信じているのだ。タジ自身も決して国の中枢が濁っていて欲しい訳ではないが、権力は清濁併せ呑むことが肝要であることも理解しているつもりである。
だからこそ、目の前の若い男が青臭い理想の中に生きているのが少し羨ましくもあった。
「バカにはしてないさ。青いな、って思っただけでな」
「そう言うのを世間ではバカにしてるっつーんだよ」
腰に佩いた剣を抜こうとする男に機先を制し、タジは間合いを詰めて柄にかけた手首を握って止めた。
「ッ!」
「バカにしてる訳じゃあないが、実力差は如実だな」
「……ッざけんな!」
後方、つまりタジの前方に飛び退いた騎士は、腰を切って剣を抜くと、剣先を小指側に持ち替えて、身体を大きく前傾し、ほとんど四足獣の格好になった。
「ラァッ!」
虎や狼を思わせるその動きは一見すると人体の理に反しているようだが、しかし特殊な訓練を受けたその騎士は一本の長剣を己の爪のように自在に扱い、タジに向かって剣撃とも爪撃ともつかない攻撃を繰り出した。
「その構えは……」
繰り出した攻撃はどれもあっけなく弾かれる。
決して弱いわけではないが、タジにとっては見たことのある攻撃だ。もっと言えば、彼を越える技術の持ち主をタジは知っていた。
「確かにその動きは知っているぞ。白鯨の騎士団に所属しているっていうのも理解できた」
長剣による攻撃を受け切り、周辺の目がこちらへ向きつつあるのを感じたタジは、それ以上の騒ぎにならないように、長剣を弾き飛ばして若い男の額を人差し指で押さえつけた。
「終了」
「……くっ」
わずかに息が乱れている。筋は良いが修練が足りない。
「その剣術を俺は知っている。お前が知っているかどうかは知らないが、ムヌーグと言う者が使っていたはずだ」
タジが告げると、その騎士は目を大きく見開いた。
「なぜその名を」
「おっ、有名か?まあアイツは出世するだろうとは思っていたがな。アイツが生きているってことは……きっと無いんだろうが、何か大きな功績を成したんだろう?ムヌーグは何者だ?」
「何者だ、って何でその御名を知っていて功績を知らない人間が……って、アンタ人間か?」
「その疑問はあまりに今更過ぎないか?」
きっと、人はそこまで他人の顔というものに興味が向かないものなのかも知れない。それが人間だと分かっていれば、多少顔が歪だとしても、そこまで気にすることもない。あるいは絶えず魔獣に襲われている地だからこそ、その者が同質であるかどうかの判定が緩くなっているのだろう。
目の前の男がようやくタジの頭部が異常であることに気づいたように、人々の目もまた、タジの異質さに気づき始めている。魔獣との戦闘はあっという間に人間側が鎮圧したらしい。今は眠りの国側に残った魔獣の死体を回収しているようだ。
「俺は誓って人間だが、それをここで時間をかけて証明するのは人目について困る。できればあまり人目につかないところでゆっくりと話がしたいんだが」
「……分かった。この先に宿場がある。そこで話をしよう」
「話が早くて助かるよ」
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