盗人の城 20

 眠りの国から紙縒の国へと至る街道は、緊張が水瓶の縁ギリギリまで溜まっているかのようだった。

 現在の虹の平原よりも柔らかい草原地帯だったはずの街道地には、引き攣れを起こしたドス赤い傷跡のように、こんもりと赤煉瓦で作られたような土壁が作られている。

 恐らくそれはかなりの距離を二つの国で分断しているはずで、双方に武器を持った屈強な兵士が見張りとして立っている。点在する物見櫓や野営地は、いつ小競り合いが起こっても大丈夫なようにしてあるのだろう。

 もともと街道があった場所だけが、土壁ではなく大きな扉となって、二つの国を行き来することができるらしい。

 しかし、通る者はほとんどいない。

 それもそのはずで、戦争状態の二つの国に国交が認められるはずもなく、従って二つの国を相互に行き来し利益を得られる商人もいない。そこはほとんど開かずの門と化した、二つの国を繋ぐ最後の弁。

「とは言っても、使われていないはずがないんだよな」

 ほとんど、というのには必ず例外があるということ。

 例えば、それぞれの国の経済の一部を握り、二つの国を行き来することによって莫大な利益を双方にもたらすことのできる商会。個人の行商人ではなく、組織としての権力によって認められる例外。

 あるいは夜逃げ同然に国を後にする者や、相手国に対して間諜や密偵、あるいは斥候の役割をする者もいるだろう。

 そういった場合、何かしらの事件を起こし、そのどさくさに紛れるようにして国境を踏み越えるはず。

 屈強な兵士が見張りとして立つ理由は、恐らくそれにもあるはずだ。

 そして、それらタジの予想は当たった。

「敵襲!敵襲!」

 物見櫓からの鐘の音と共に、土壁の各々から兵士たちが周囲を警戒する。

 遠くから聞こえる獣の咆哮、羽ばたき、地響き。

「思っていたよりも、酷い状況だな」

 大地を、空を、魔獣が駆けてくる。

 ひきつれの土壁が築かれた平原は、かつてタジが通ってきたときに比べて、明らかに荒れていた。青々とした大地はほとんどなく、魔獣と人間によって蹂躙された砂礫の荒野と化している。

 今もまた、眠りの国の領地へと、魔獣がやってくる。

 この辺りにおいて、魔獣はもはや戦争の道具と化しているのだ。いや、正確には戦争の道具ではなく、国境を越えるための言い訳に使われているのだ。

 人々の目が、一斉に魔獣の側に集まる。戦闘に参加できない後方支援の人間たちがめいめいに逃げる間を縫うようにして、兵士たちが魔獣へと向かっていく。凶暴な魔獣ではあったが、群れを作らない狼程度の力であれば、この辺りの兵士の敵ではないようだ。

「まあ、酷い状況だからこそ、こうして越境出来るわけだけどな」

 頭を笠で隠して、タジは悠々と人目につくことなく国境を越える。

 きっと同じように人目を忍んで国境を越える者が両方向いるのだろう。それぞれ目的があるのであれば、きっとこうしてどさくさ紛れに越境していることを兵士の側も知っているに違いない。

 誰が越境したかなどいちいち数えないし、誰も確かめようとしない。

「おい、アンタ」

「……!」

 だから、正直ここで声をかけられるなどタジは想像だにしていなかった。

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