光の届かない場所 26
いくら待とうと、タジはシシーラの村に現れなかった。
ムヌーグは、タジを牽制する目的でやってきた青龍の騎士団の一団とシシーラの村を取り持つ役割を担わされた。騎士団よりも先にやってきていたこと、イロンディが既にシシーラの村の住民と交流をしていること、そしてイロンディが青龍の騎士団に妙な警戒心を持っていることが決め手となった。
なぜ青龍の騎士団を邪険にするのかとムヌーグが問うと、イロンディは一言、積極的に関係を悪化させるようなやり方は良策ではないからだ、と言った。
「望んで関係を悪化させる人は、誰とでもそういう関係になり得るということです。そんな人だと分かっていて、付き合う必要はありません」
彼女なりの哲学なのだろう、とムヌーグは反論しなかった。
地図師というのは、文化も、そしてもしかしたら言語さえも分からないところから友好的な関係を結ぶ必要がある。その労力をして相手が望んで関係を悪化させるような人々であったなら……無駄骨を折らないようにする彼女なりの防衛術なのかも知れない。
「タジさんは、もうこの村には戻ってこないんですかね」
白い砂浜に、金槌を打ちつける音が響く。波の音と相まって、のどかで自然と眠くなる心地よさがあった。海から吹く潮風は肌にひりひりと痛いのだが、イロンディはどうしても、毎朝ごと、海を眺めるのをやめられなかった。
「どうかしらね。あの人は自分勝手だから」
イロンディと二人、波打ち際で立ち話をするムヌーグは、彼女と正反対に海に背を向けて海岸向こうの高い山を見つめている。
青龍の騎士団が越えてきた山だ。
眠りの国から村へと続く道を作りながら来ればいいだろうに、事を急いだブレンダ王は騎士団のみを先行させた。その結果、騎士団は結局大工仕事に精を出している。
自身の天幕に用いるはずだった資材の一部を村人に提供し、代わりに村人は騎士団に対して新鮮な食料を供出する。
そういう契約の下、シシーラの村の復興は開始した。
もちろん、シシーラの村からすれば、災害に対する復興の人手が欲しかったところに騎士団がやってきたのは幸運であったし、騎士団の側から見ても、ここで村に恩を売って駐留を抵抗なく受け入れてもらえるという利点がある。
「騎士団の人たちは、長期滞在の構えですね」
次々と建てられていく天幕や、持ってきた資材の量を見て、イロンディはつぶやいた。これだけの周到な準備をいつからしていたのか不思議に思うほど、運ばれてきた物資は潤沢だった。
「タジ様は、帰って来なくて正解かもしれないわね」
「ですが、そしたらタジさんはどこへ……?」
「さあ?海の向こうにでもいるのかしらね。それとも……海の中とか?」
普通の人間は息ができなければ死ぬが、彼ならあるいは、と二人に思わせるだけの何かをタジに感じ取っていた。
「ムヌーグ殿は、これからどうするのですか?」
「ニエの村と同じように、また復興のお手伝いをするのでしょうね。そろそろ、国の方から何か命令が来ると思うのだけど……」
騎士団が駐留する天幕の向こう、山すその方向からざわついた声が聞こえた。
眠りの国から、行商の一団がやってくる予定の日が今日だったはずだ。その中には、きっとムヌーグへの書簡を持ってきた者もいる。
「行ってくるわね」
「いってらっしゃい」
きっとこれから忙しくなる。それでも、タジのことはずっと頭の片隅から離れないだろう。そんな予感がムヌーグにはあった。
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