光の届かない場所 20
漆黒の正四面体は、そのものが生きている間は実体化しない。
魔獣が生きている間(あるいは人間が生きている間)は、それを体内から探し出すことはできない。肉を切り、内臓をまさぐったとして、生きている間は現れないのだ。
魂が存在するかどうかという議論があったとき、少なくともこの世界の魔獣と人間においては、その漆黒の正四面体こそが魂の存在証明たりえるかもしれない。
もし、そんな研究をする者が出てきたならば、の話だが。
人間がこの世界の真理を、あるいは神の真意を解き明かそうという好奇心を持つのと、魔獣の脅威が人間の命を脅かすのと、どちらがより喫緊性が高いかと問われれば、一目瞭然。
人々は、神に祈る。
しかし、その神の存するところや、神の作りたもうた人間の真理の薄衣をめくろうとする者はいない。
畏れ多いからではなく、それを行う暇がないゆえに。
神は人間の盲点に魂の存在を隠した。その薄衣を暴ける人間こそが特異点だ。
さて、魔獣や人間と違って「生きている」という状態の判別が難しいのが海竜ミレアタンという存在である。力の流れそのものに宿った意思は、生きているという状態を超越した存在であることに疑う余地はなく、従って、死というものもまた存在しない。
生死の概念がないということは、彼は意思の芽生えた状態でも漆黒の正四面体がその身体の中に現れる可能性があるということでもある。
そして実際に、ミレアタンの体色は変化し、海流の中に漆黒の正四面体が溶けているのが見てとれた。このまま彼のエネルギーを止め続ければ、きっと最後には漆黒の正四面体がこぼれ落ちるだろう。
奪うのは、それだけでよい。
(止め続ける……?その場のエネルギーを元に戻すことはできないのかな?)
完全なる固体となってその場に留まり続ける海水や空気について、ミレアタンはタジから逃げながら必死に推測していた。
「さあね」
正直なところ、止め続けたものがどうなるのかは、タジには分からなかった。ある時点でその超能力が解除され、それまで留めていた力の流れが復活するのか、あるいは永久にそこに留まり続けるのか。
(なるほど、キミが能動的に解除できるわけではなさそうだ)
「少なくとも、お前から意思を奪うまで俺からその状態を解除することはねえよ」
逃げるミレアタンの体に触れられる距離まで接近すると、腕を振るってその身体を削り取る。
何度も繰り返しているうちに、辺りは力の流れの固定された空気と水の結晶ばかりになり、ミレアタンの身体は無残に縮み、そしてその体色はものの見事に濃くなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます