光の届かない場所 18
上下不覚などという生易しいものではなかった。
ミレアタンの体に直接取り込まれたタジは、あらゆる方向に乱回転する水流に押しつぶされるように閉じ込められている。
薄い膜の中で猛烈に渦巻く水流は、タジに呼吸の一つどころか体の定まる余裕さえ与えない。三半規管が振り回されて、目をつぶっていても平衡感覚が失われているのが分かった。
どこかに掴まって体を安定させようとすればするほど、自身の不安定さを自覚する。四肢は引きちぎられんばかりにバラバラな方向へ動き伸ばされ、どれだけ注意を払っても、膝や肘、先端が不意にタジの体に襲いかかる。
「自分のッ……身体、じゃ、あないッみたいだ……」
頭の中で脳みそが回転しているような錯覚。そんな状態にあっても意識を保っていられるのは幸か不幸か。
(ボクの中で、永遠におやすみ)
乱回転する水流から、雑音の混じったミレアタンの言葉が届いた。
「お前が永遠にこうしていられると?」
(キミは、潮の満ち干きが終わると思ったことがあるかい?)
なるほど、確かに海が完全に凪ぐような事態が起こることなど、人間の生きているうちにはないだろう。海竜ミレアタンがそういった力の流れによって生まれているのであれば、間違いなく彼は半永久的にタジをその水牢へ閉じ込め続けることができるに違いない。
タジは四肢を多少強引に身体の中心に寄せて、球状に身を縮めた。
(うん、それがいいよ)
腹中の胎児のように体を丸く小さくさせると、乱回転する水流の中で、いくらか安定した状態を保てた。
ミレアタンはタジがその状態になると同時に、乱回転する水流を幾層にも重ねるようにして、水流の膜を作った。一枚一枚の水の流れは規則的に動いているが、膜と膜はそれぞれ別の方向に動いている。それが幾重にも重なって、しかも一枚一枚が研ぎ澄まされた刃のような切れ味で回転している。
(さあ、これで例えキミが呼吸をせずともしばらく生きていられようがもう関係ない。今度こそ、ゲームオーバーさ)
「いや、違うね」
ミレアタンが封じ込めにかかるのは、織り込み済み。
球状に身を縮めたタジは、手のひらを外に向けた。
「俺は、お前に……ミレアタンという水流そのものに触れられれば、それで良かった」
タジが触れた水の流れは、ピタリとその場に固まり止まって動かなくなった。刃と化した水圧でさえ、それを動かすことも、削り取ることもできない。
さらに、触れられて固まった水の流れに触れた水の流れさえも、力が伝播して、その場に固まっていく。
タジの触れた手のひらから扇状に水流が、いやその場のあらゆるモノの動きが止まっている。
(ッ!?)
「さすがに軽率だったな。もっと俺のやろうとしていたこと、やれることについて、考えるべきだったんじゃないか?俺を脅威だと思うのならば」
虫かごで虫を育てるように、この世界を管理してきたとミレアタンは言った。だとすれば、タジはその虫かごを奪いにやってきた別の存在……。
脅威を見誤ったのか。
ミレアタンは唇をかむように悔しがった。
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