光の届かない場所 11 回想04

 意識が戻ると、タジは再び森の中にいた。

 目の前には、一頭の竜。

 その竜は、かつてタジが倒したガルドと呼ばれる竜にそっくりだった。先ほどまでの経験、過去を垣間見る現象から推測するに、恐らくガルド本人に違いない。ただ、タジと出会った時よりも、二回りほど体は小さかった。

 それでも人間よりはずっと大きく、その体躯をすればいかに鍛えていようが普通の人間などじゃれついただけで大けがをするだろう。よく訓練された騎士が一個小隊で戦ってようやく勝てるほどの戦力があるように見えた。

「グルルウ……」

 人語は解さないようだ。

 その瞳に理性の灯が宿っていないようにタジには感じられた。

 まだ、獣。

 魔に侵されていない純粋な獣。出自を眷属だのと宣おうと、その実態はただの獣だったらしい。竜の姿は、もともとそういう形をした獣だったからだ。

 獣の瞳が、漆黒の正四面体となったタジを捉えた。不自然に発達していた腕ではなく、ごく自然な進化の過程で獲得した前脚が、タジを押さえつける。

「そんなことをせずとも逃げられねえよ」

 しゃべれるのなら、そう言っただろう。もちろん、タジに口はない。それに、今のガルドには人語も無用だ。

 ガルドは鼻っ柱をこすりつけるようにして、その漆黒の正四面体が安全であるかを確認した。

 身動きなどとれようもない。

 何を思ったのか、ガルドはそれを大きな口で飲み込んでしまった。漆黒の正四面体にへばりついていたタジの意識はガルドに飲み込まれることによってふわりと剥がれ、その場を俯瞰するような中空に漂う。

 ガルドの身体は、にわかに歪な形へと変化していく。

 自然な進化の姿をとっていた前脚はウデカツオと同じように発達し、また手指が形作られた。二足歩行をする動物の上半身だけが肥大化したような姿になって、その瞳には強い欲望の光が宿った。

「これは……この力は……」

 つぶやくガルドは、腹ばいの上半身をそのままに、自分の前脚に起こった急激な変化を確認した。

「ふふっ……フハハハハ!」

 つぶやきも、笑い声も、人間のそれになっている。獣が魔獣化することによって言語を獲得するのを目の当たりにしたタジは、その原因が確かにトライアングルにありそうだと推測せざるを得なかった。

 タジの精神が過去に干渉していない以上、漆黒の正四面体の持つ力そのものがガルドに影響を与えていたのは疑いない。

「俺ァ、神の力を手に入れたぞッ!」

 腕を乱雑に薙いで近くに生えていた木々の幹を抉り、切り倒していく。トライアングルが生命に及ぼす力は果てしない。

(しかし、これで人間が……というよりも眠りの国の王族の持つ力と魔獣の力は根源が同じだということが見えたな)

 トライアングルが、魔神の欠片だというのであれば、その恩恵によって建国した眠りの国もまた、魔神に由来する力を信仰していることに変わりはないだろう。

 暴れまわるガルドの姿が徐々に闇の中に消えていく。

 目を開くと、タジはまだ海の底、光の届かない場所にいた。

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