凪いだ海、忘却の港町 60

 確かに、この海竜の言う通り、そういうものだと受け止めるしかない。相手が調停者バランサーを名乗ろうと、力の流れに意思が宿ったものだろうと、話ができる相手であれば、交渉の余地がある。

 言葉が伝わる分、先ほどタジを海中深く沈めた魔獣よりはずっと意思疎通が可能だ。

 思考が直接読まれるために、嘘のつきようがないのだけが困るところではあるが。

「とは言っても、嘘をつく必要もないんだがな」

 タジは、頭をボリボリと掻いて模造の頭と対峙した。タジがここに来た理由はいくつかあるものの、結局のところ、タジは海の向こうに行くためにミレアタンと交渉するために来たのだ。切り出すのは早い方が良い。

「あー……ミレアタンは、海流、つまり海の流れなんだろう?海の流れと言うか、水の流れか。どうしてここに留まっている?なぜこの周辺の海だけ、凪の状態にしているんだ?」

(その理由を聞くことで、タジは一体何を得ようとしているのですか?)

「眠りの国の安寧」

(嘘をつかないで)

「嘘じゃあない。それはミレアタンも分かっているだろう?」

(肝心なことを言っていないことも分かります。それは偽りです)

「なるほどな。偽りとはもっともな話だ。しかしこちらも事情は込み入ってるんだ。眠りの国の安寧が理由の一つであることは間違いない」

 シシーラの村が廃村だったのは残念だが、それでもあの村が長年使われていないとはとても思えなかった。長年使われていないにしては、漁具の手入れが行き届いていた。少なくとも、見た目的には一季節前には使われていたように見える。

 イロンディが騙されたのか、あるいは魔獣と化しているのかは分からない。

 しかしつい最近まで使われていた形跡があったということは、何らかの形で魔獣が関わっていると考えてよいだろう。タジが海に引きずり込まれたことを考えれば、恐らくあの不自然に腕の生えた魔獣が関わっているはずだ。

「ミレアタンは、魔獣を匿っているのか?」

(それは違います。ボクは水に棲む全ての生物の保護者ですから、それが魔獣であろうとなかろうと、彼らの生活を守る必要がある)

「それは、地上の生物が川や海に生きる生物を生きるために獲ることからも守るのか?」

(地上の生物にも生活があるのは分かっています。ボクが守ると言っているのは、彼らの当たり前の生活)

 だとすれば、シシーラの村はミレアタンの手引きによってではなく、廃れるべくして廃れてしまったのだ。

 魔獣に滅ぼされる、という形で。

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