凪いだ海、忘却の港町 49

 次々と魚を口に咥えて海鳥が水面から姿を現す。

 その時だ。

 水面から現れる海鳥に向かって、その水底から別の生物が噴き上がった。

 ブリやカツオを思わせる流線型の姿に、取ってつけたような人間の腕がついた生物。流線型の姿が水の抵抗を軽減させるためにあるのだとすれば、その腕は進化の過程に真っ向から逆らったかのように、抵抗を増やすべく生えている。

 凪いだ海から跳ね出たその生物は、おそらく魔獣の類なのだろう。不自然に生えた腕の先、数本の指と爪を鉤状にして横に薙ぐと、その生物の目の前を飛んでいた海鳥は、咥えた魚の重さもあって飛行が不安定になっていたのか、その鉤爪に体をグワシと毟り取られてしまう。

 空中に、羽毛が舞う。

 毟り取られた海鳥たちは、魔獣のような生物に抱えられて二度と浮かび上がることの無い水底への旅へと誘われる。その周り、寸でのところで難を逃れた海鳥たちは、嘴に咥えていた魚を落として、そのまま群れと共に、漁村のはるか向こうにある切り立った崖の中腹の方へと飛び去ってしまった。

「あれは、魔獣だよな……?」

 この世界が、タジの住んでいた世界と同じような自然の理で成り立っているとすれば、あのような異形の進化を許すはずがない。だとすれば、それは何かしらの意志が働いていると思ってよく、魔獣がそういう歪な進化を成すことは、タジ自身、ニエの村で出会った魔獣の姿を見て理解している。

 とは言っても、その生活様式は、野生の獣と変わらないように思えた。

 見た感じ、食物連鎖の一環として、魚を襲う海鳥を襲うという繋がりの上に生きている。海に人間が住み着いていないからか、無理に陸に上がってでも人間を襲おうという気概が感じられない。

 否。タジはあぐらに座り直して、顎に手を当てる。

 すでに、シシーラの村を襲った後だとしたら……?

 人間の村を滅亡させて満足した?人間が漁場としていたところが、彼らの縄張りと重なっていた?だとしたら、イロンディが豊漁と言っていた意味は……?

 イロンディが嘘をついている?

 謎は増えるばかりだ。

 いっそのこと、海の中に入って先ほどの魔獣と、あるいは別の知能ある魔獣でも構わないが、意思疎通を図りたかった。

「少し舟を借りるか」

 村の海岸に上げてあった一艘の舟を海に向かって押して、タジは海へと漕ぎ出でた。

 凪いだ海は、櫂を使って漕がなければ動かない。帆のない舟に備え付けられた櫂を使って、先ほど魔獣のような生物が狩りをしていた辺りまで漕ぎ進んだ。

 両舷の鉄輪に櫂を入れて、進行方向と逆向きに座って漕ぐ。タジの力ならばさほど苦労することもなかった。海上を吹く風がおっとりと流れているのも助かった。

 海はかなり澄んでいた。

 舟から身を乗り出して腕を入れると、指先からさらに腕一本分ほどの深さまでは海面からでも見通せるほどだ。

 そのギリギリの辺りを、先ほど海鳥に捕われた細長い魚が大きな群れをなして流れていく。海鳥は恐らくその群れの、鱗に反射する陽光が見えていたのだろう。

 しかし、舟から目を凝らしても、先ほどの腕付きの魚類型魔獣は見当たらなかった。

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