凪いだ海、忘却の港町 27

 翌朝未明、タジは人目につかないように眠りの国へと戻った。

 イロンディに事情を話し、それから再び王へと謁見を行う。レダ王とグレンダ王は先日と変わらぬ様子で全く同じ形の椅子に並んで座っている。魔石の玉座を後方に控えてタジの言葉を聞くと、二人は眉根を寄せて唸った。

「魔獣と交渉するなどと」

 世迷言とばかりにグレンダ王が渋い顔をする。

「先ほども説明しましたが、武力による制圧は俺への属人性が強くあります。俺のいなくなったときに、武力による示威行動はその力を著しく弱めましょう。それを鑑みれば、むしろ交渉による撤退を促す方がよほど良いかと」

「私も、タジさんの意見に賛成でございます。魔獣の中には知性を有する者が存在するのは大人ならば誰でも知っていること。だとしたらその知性を見込んで交渉することに何の遺恨がありましょうか」

「魔獣と人間は相いれない存在だ」

 グレンダ王が冷徹に告げた。

 隣に座るレダ王は沈黙を守っている。タジの言葉に反対することはなくとも、安易に賛成もできない、といった様子だった。

「魔獣の強さを知っておろう?意思の疎通が可能だろうと、奴らの中には人間を紙屑のように屠るだけの強さを持つ者が存在する。そんな奴らを野放しにしては、我々の生活が脅かされるのは必定」

「お言葉ですがグレンダ王。今現在、水竜ミレアタンによって何の人的被害が出ているのでしょうか」

 タジは片膝を床につけたまま、ジッとグレンダ王を見据えた。

「少なくとも、シシーラの村が窮乏であるのは地政学的な問題です。水棲の魔獣を統べるミレアタンがその気になれば、シシーラの村は一晩で津波の藻屑と化しましょう。それがこうして未だ村が残っている理由は何か。その理由を考えていただきたい」

「まさかとは思うが、タジはミレアタンが人間に対して友好的だとでもいうつもりなのか?」

 レダ王が椅子から身体を前のめりにして問う。

 エダードから聞いた話によれば、確かにミレアタンは友好的だという。もっとも、別途で怠惰という情報もあったので、単純に人間に興味がないだけかもしれない。

 いずれにしても、ここでミレアタンの人間に対する接し方を安易に予測すれば、その予測の根拠を問われるだけだ。エダードはミレアタンなどとは違い、実際にチスイの荒野に被害をもたらしているし、また眠りの国にあまりに近い脅威でもある。

 意志を持つ絶大な力に恐怖を覚えるのは、生き物の性だ。それが神にも近しい存在であればなおさらで、エダードが生きていることを眠りの国の権力者が知れば、ニエの村と同じ轍を踏むか、あるいは次こそタジに討伐命令が下るだろう。

 タジはエダードと良好な関係を築けている。また、タジがいなくなったところで、彼女は人間をおもちゃにするようなことは向こうしばらくはしないと約束した。

 つまり、エダードの存在は、秘匿すべきものだ。

 伝説は伝説のままで、眠らせておくのが一番である。

「友好的、という言葉をどう捉えるかによります。敵対的でない、という意味で使うのであれば、現状のミレアタンは友好的でしょう。それ以上の情報は、それこそ実際に話をして見ないことには何とも言えませんね」

「僭越ながら、グレンダ王に申し上げます」

「何だ、イロンディ。言ってみよ」

 部屋内の意識が全てイロンディに向けられる。その意の中に敵意はなくとも、その国の最高権力を含む全員から注目をされてなお自分を保つその胆力は、さすがの一言だ。

「私は、タジさんに任せてみるのが良いと思います」

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