【番外編】温泉好きの竜 03
「そんなもののためにのこのこと眠りの国までやってきたのか?」
「そんなものとは失礼ね。この国を滅ぼすわよ」
デデオーロが「ヤバい」と言った理由を、タジはようやく理解できた。エダードはデデオーロに向かって自分が紅き竜であることを告げ、その上でタジと引き合わせなければ直ちに国を滅ぼすと宣言したのだろう。
デデオーロは愚かだ。
愚かというよりも、言葉の機微を理解できない節がある。エダードの言葉を冗談と切り捨てることもできず、ただ額面通りに受け取る。
あるいはエダードの凄みに中てられたか?とも考えたが、そこまで勘が働くような人間ではないな、とタジは思い直した。
「お前、デデオーロにも同じことを言ったか?」
「言ったわよ。言葉を覚えたオウムみたいに同じことばかり言うものだから、この国を滅ぼすと言ったら顔を真っ青にして部屋に入っていったの。ホント、アンタは何であんなの雇っているの?罰ゲーム?」
「おいおい、英語は『禁忌の言語』なんじゃないのか」
「アタシはその軛の外。ついでに言うと、魔獣が水に弱いとして、アタシが温泉を求めていることを不思議がるのもナンセンス。軛の外」
「便利な言葉だな、オイ」
エダードは魔神の直属なのだという。それにしては奔放で、タジを敵視することもない。
「だって、別にアンタはアタシを殺そうなんて思わないでしょう?」
「眠りの国を滅ぼさなければな」
「しないしない。人間は片手に剣を持っていても、もう片方の手で握手ができる。ステキな事だと思うわ」
友好は対等な立場から。
タジがエダードと戦ったとして、負けることはないだろうが、実際に戦えば周囲にかなりの被害をもたらすことは必定だ。互いに交戦の意志がないのならば、確かに開かれた片方の手で握手をした方がずっと懸命だ。
「それで、アタシのお願いを聞いてくれるの?」
「聞くだけ聞いてもいいが、温泉なんてそうホイホイあるもんじゃねぇだろ」
降水が様々な要因によって地中で温められ、それが何らかの作用によって現れるのが温泉だ。もっとも分かりやすいところで言えば、火山地帯のマグマがもたらす地熱によって温められた地下水が湧出するものだ。
まず、火山というものが存在するのかすら怪しい。
「それこそ、人海戦術で探させなさいよ。何のための名声だと思ってんの」
「少なくとも、エダードのワガママのために浪費させる名声じゃねえんだよ」
しかし、もし温泉があるのであれば入ってみたいとタジも思う。温泉は嫌いではない。
「チスイの荒野は……水の枯れた土地だからそもそも地下水の発想がなかったな。ポケノの石切場は山地と言えなくもないが……川自体は普通の水だったな」
「どうせアンタじゃこの世界のことなんて分かんないんだから、実際にアレコレ行って聞いてみればいいじゃない」
じれったい、とばかりに立ち上がると、エダードはタジの腕を取って部屋を飛び出した。
「タジ殿?」
外で仕事をしつつ面会希望者に罵詈雑言を浴びせられていたデデオーロに呼ばれた。
集まっていた陳情者の目が一斉にタジとエダードの二人に注がれる。謎の修道女に連れ去られるタジを見て、教会に呼び出されたのかと思ったのだろう、陳情者たちは一瞬怯んだ。
教会からの呼び出しを無視してこちらの陳情を立てようとすれば神罰が下るかも知れない。その一瞬の怯みのうちに、エダードはタジをグイグイと引っ張っていく。
「デデオーロ」
タジが言う。
「しばらく帰って来られないから、よろしく頼む」
「えっ?えええ???」
あっという間に目抜き通りへと消えていった二人の背中を茫然と見送っていたデデオーロは、それからすぐに周囲の人間に更になじられるのだった。
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