荒野に虹を 74

 竜巻がタジの機転によって散水塔へと変わったことに、チスイの荒野に滞在する者たちは、揃って驚いた。

 単なる自然災害だったものに、別の用途を見つける。その大胆な発見は、しかしかつてチスイの荒野で自然に行われていたはずのものだ。

「俺が発見したっていうなら、その前に誰かが隠したんだ」

 騎士や商人に褒めそやされ、説明を求められるのに疲れたのか、タジは翌日にはポケノの町に向かった。

 いくら竜巻に利用価値があると発見したところで、吸い上げる水が地中になければ単なる知識でしかない。ラウジャは何か案があると言っていたが、一体、何の案なのか……。

 タジがポケノの町に到着すると、アーシモルが町の門前で待っていた。

「何だ、誰かから俺がやってくると報告を受けたか?」

「いいえ。タジ殿が町を出てから、私は日がな一日仕事を放りだしてここで待っていただけです」

「それは迷惑をかけたな」

 悠然と歩を進めて町へと入るタジを、アーシモルはただ見ているだけだった。

 タジは、思わずふり返り、問うた。

「アーシモル、お前は何がしたいんだ?」

「なんでしょうか……。私は混乱しているのかも知れません。モルゲッコーは、私の兄でありましたから」

 アーシモルは、タジの方を向かず、ただチスイの荒野をジッと見つめていた。

「兄は、野心の強い男でした。決して裕福な家庭ではなく、生きるのに精いっぱいな生活。遊びと実益を兼ねた川の下流での石拾い。そこで兄は、生きる術を学びました。いえ……生きる術を学んだというよりも、死なない術を身につけたと言った方が良いでしょう」

 下流に住む子どもたちに混じって、ポケノの町に住む子どもたちの中にも石拾いをしている子どもがいるのだった。放水が起こって、足を取られれば一瞬で死ぬような環境。

「兄が下流を取りまとめるようになると、放水による被害は激減しました。激減どころではなく、いなくなった、と言った方が良いでしょう。組織だった子どもたちの動き。もちろんその中には私も含まれていましたが、それが、大人たちには気持ち悪く見えたのでしょうね。子どもたちの間では、兄は、死なせず、と呼ばれていました」

「それで、眠りの国の騎士団の誰かの目にとまった、と?」

「ええ。兄の持つ死なない術は、重宝されたのだと聞きます。私は私で、兄の右腕として、子どもたちだけの組織のさまざまな取りまとめをしていたことを買われて、ポケノの町で働けることになりました。そして、兄の騎士団での活躍を聞いては、自分も頑張らなければ、と思いを強くしました」

 しかし、それももう終わりだ。

 モルゲッコーは、踏み込み過ぎた。

 放水に気づかず、いつまでも足下を見続け、ようやく見つけた“権力”という宝石の欠片と共に流水に押し流れてしまった。

 死なない術を身につけたはずが、その術のために死の臭いのより濃い場所へと行かなければならなかった。

「騎士団は、決して実力だけで登りつめることのできる組織ではありません。そこには必ず権力闘争が起こり、後ろ盾や、家柄が正統性として求められるのです」

「だが、モルゲッコーはポケノの町出身。そういうものとは無縁だった、って訳か」

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