荒野に虹を 64
ゴードとイヨトンに向けられた槍先による円周は、徐々に縮まっていく。エダードの身体が壁になって円自体は半周よりも少し長いくらいの弧ではあったが、いずれにしても退路は完全に塞がれてしまっていた。
「イヨトン様、申し訳ありません」
ゴードがつぶやくように謝った。
この状況を作りだしたのが、己の紅き竜の出現に驚いてその中心に誘い出されてしまった行為にあることに、ゴードは気づいていた。エダードが現れたとき、ゴードはなぜかその近くに行かなければならないような気がした。それが敵による誘導なのかは判別がつかない。今こうして、なぜという思いにゴードが囚われていることが、誘導の証左になり得るかも知れない。
「イヨトン様は、タジ殿にこのことを報告なさってください。あなたの技術があればそれも可能でしょう」
イヨトンは完全に気配を断つ技術を習得している。それは、人から認識されにくくするなどという段階のものではなく、存在を別次元に埋め込んであらゆるものから不可視になるような、魔法に近い技術であった。
それを使えば確かにイヨトンだけならこの場を逃げることができる。しかし、その後タジに何を伝えればいいのか。モルゲッコーが反意を示してゴードと私を殺そうとした。ゴードは捕らわれるか殺されるかし、私だけ逃げ出した。
そうすれば、後はモルゲッコー率いる荒野の騎士軍勢とタジによる戦争が起こる。モルゲッコーはタジが見知った人間と戦うことで精神を蝕まれるかもしれないと言ったが、逆に一度敵と見定めれば容赦もしないだろうことをイヨトンは知っている。
それを必要な犠牲としてよいのか。
にじり寄る槍先を警戒しながら、イヨトンは必死に考える。
「弓兵、上からの突破を許すな」
モルゲッコーの一言で、槍の奥にいる弓兵が矢をつがえる音がした。
考えているうちに、包囲網はどんどん狭まり、逃げ出すという選択肢は砂糖菓子の橋のようにポロポロと崩れていく。
二人でこの場を逃げ去るのなら、身動きの制限される上空からではなく、向けられた槍先の一番弱いところからだ。
「イヨトン様!早く!」
しびれを切らしてゴードが叫び、イヨトンを突き飛ばした。
「ゴードッ!」
「商人風情がトチ狂ったか!」
槍に向かって自ら刺されに行かんとするゴードの突進を止めたのは、二人の後ろに鎮座していた紅き竜だった。
エダードは、突然、前脚を地面に叩きつけると、背筋を伸ばして更に一段と高く首を伸ばした。その地面に叩きつけた衝撃は、その場にいた全員をわずかに浮足立たせた。それどころか、実際に地に足がつかない状態となり、体の均衡を失ったその場の多くが、よろよろと体をふらつかせる。
槍衾が破れた。
イヨトンはいち早く体勢を整えると、地面に転ぶゴードを抱えた。尻もちをついて槍先が上に向いている包囲網の穴から抜けると、あっという間にその場を脱出した。
「逃がすな!追え!」
すかさず飛んでくる弓兵の矢を自由な方の腕に剣を取り、弾いていく。背中に目がついているのではないかと思うほどに、放たれた矢は次々と弾かれた。
イヨトンは、ゴードを抱えてチスイの荒野へと逃げる。
「人に尻尾をふる卑しいトカゲ風情が……!」
モルゲッコーが憎々しげに紅き竜エダードを睨みつけたが、殺気のこもった視線など露知らず、エダードはただ丘陵の向こう側を眺めるだけだった。
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