荒野に虹を 57
「いや、現実的に考えてあり得ないですよ……確かに地面の砂を巻き上げるほどの力のある竜巻なら、水を巻き上げて雨のように降らすのは可能かもしれません。ですが制御不能な上に神出鬼没な自然の災害をどうやって操縦するというのですか。第一、水の出所は?」
口伝されていた散水塔の正体が竜巻だと言われて、ラウジャが信じられないとばかりに様々な質問を投げかける。
質問はどれも当たり前と言えば当たり前のものだった。竜巻は自然による力の流れが生み出す現象であり、それを人間が操縦して都合のいいように操ろうなどというのは不可能のように思われる。また、ポケノに流れる川が地中に染み込んで地面の中に水脈が出来たとして、地表に出てこなければ竜巻によって水を巻き上げることすら不可能だ。
「だから、実験が必要なんだよ」
「実験……」
タジが無理を言って宿を分けたのは、アーシモルによって屋敷を見張られ、夜中にこっそり抜け出すのを感づかれないようにするためだった。もちろん、今宿泊している宿屋にも賓客の護衛と称してアーシモルの私兵が待機しているかもしれない。しかし、タジを敵対勢力とみなしているのであれば、我が身可愛さに屋敷に待機する私兵に力を注ぐだろう。戦力の分散は注がれる視線を少なくする。
「俺はこれからゴードの下にひとっ走りして、水を発注するように言ってくる。実験にはできるだけ多くの水が必要だし、荒野に突然大量の水が発注されたのを知られれば、眠りの国からも、チスイの荒野にいるモルゲッコーらにも怪しまれる。動きにくくなるのはごめん被るし、ここからはいかに素早く動くかだ」
表だって文書で連絡をするくらいなら、タジ自身が走って向かった方が速いし安全なのは分かっていても、ラウジャにはどうもタジが焦っているように見えて仕方なかった。
「そこまで焦らずとも、散水塔の正体が本当に竜巻なのであれば、ゆっくり実験をなさったら良いのではないですか?」
「あー、そうか。ラウジャは知らないんだったな」
言うべきことか悩みはしたが、ついにタジは、ゴードが謀殺されかけたこと、謀殺に用いられた毒薬が魔瘴の凝縮した液体だったことなどをラウジャに伝えた。時期や毒薬の詳細などはあやふやにしつつ、暗殺の首謀者がおそらくモルゲッコーの陣営であろうこと、それから魔獣側と結託している人間側の勢力があることをそれとなく臭わせつつ説明すると、ラウジャは義憤に駆られるように拳をわななかせた。
静かにしておけと先に釘を刺しておかなければ、噴火するように叫び出していたかも知れない。
「それは、国に対する裏切りではありませんか」
「魔獣側と結託することで犠牲が減ると考えての事であれば許される、と思っているのかも知れないな」
かつてニエの村がそうだったようにそれ以外の方法に見当がつかなかったり、あるいはそれが自分自身に利することだからと用いることもあるだろう。
そして、散水塔にせよ灌漑施設にせよ、それが魔獣にとって都合の悪いものであれば、結託する魔獣側の要請によって人間側で暗躍が行われる可能性はある。
「と言うか、実際にゴードが謀殺されかけてるんだから、俺たちの動きは連中にとってあまり良いものではないんだ。迅速に、丁寧に動く必要があるってことだな」
魔獣と結託しているとはいえ、露骨に人間側に反旗を翻すことはないだろう。ないとは思うがのんびりしていられる状況でもない。
「という訳で、俺はこれから護衛と言う名の監視者の目を盗んでゴードに話をつけてくる。何もないとは思うが、身の危険を感じたら俺に構わず逃げてくれ」
タジの挑発に、ラウジャのこめかみがピクリと動く。
「ハハハ。それだけ反応できれば十分か」
ラウジャの肩をポンと叩いて立ち上がると、タジは気配を殺して部屋を出ていく。残されたラウジャはやり場のない怒りの燻りを持て余していたが、タジの飲み残した酒を一口で呷って、わずかに緊張しながら長い夜を過ごし始めるのだった。
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