荒野に虹を 55

 屋敷から連れ出されたのは、話を知っている老人の足が悪く外出が難しかったからだった。むしろの上でしきりに咳き込みながら話す老人の背はひどく丸まっていた。鉱山で働く息子がいるらしいが、実際に老人の世話をしているのは、その息子の娘、つまり孫らしい。ポケノの町では、他の老人の世話に関してもその孫が手伝いをすることが多いというが、肝心の孫もどこか別のところに行っているようだった。

「大丈夫かよ……じいさん?ばあさん?」

「今はそこで悩む必要はありません」

 老人はラウジャの騎士姿を見て身をわずかによじり、それから平伏した。騎士の姿というのは、昔日の頃はもっと多方に威厳があったのかも知れない。

「話を聞くだけですから……」

 ラウジャ自身も不必要にかしこまる老人に狼狽えている。発作のような平伏がようやくおさまると、老人は散水塔についてポツポツと語り始めた。

 その語り口は老人の咳や舌足らずな発音によって何度も聞き返す羽目になってしまい、わずかな内容を聞き出すだけでも相当な時間を要した。日が傾いて空に赤みが差してくるころ、孫と思われる女性が戻ってくるころにようやく話の全容が聞き取れた。

「申し訳ありませんでした」

 なぜか女性が謝った。たまたま別の老人が発作を起こしているのを知らされて、その女性はそちらに付きっきりになっていたのだと言う。今は往診医によって薬が処方され、大人しくなっているとのことだ。

「私がいれば話を通訳できたのですけれど」

「いや、お前さんはよくやっておる。今日もダレーレの発作に駆けつけたそうじゃないか。お前さんみたいのがいるから鉱山で安心して働ける者もおる。感謝しているぞ」

 ゴンザが太ももに握りこぶしを当てるようにして礼をすると、女性はただただ恐縮していた。

 それから四人は屋敷に戻り、話の内容を振り返る。

「散水塔は実在していたらしい」

 タジが言った。他の三人も大きく頷く。

「しかし、チスイの荒野に散水塔と言う建造物を探しても見つからない、とも言う」

「やはり壊れてしまったということでしょうかね」

 ラウジャの推理にアーシモルが反論する。

「いいえ、あの老人の口ぶりからすると、壊れたというよりも人間に作れるようなものでは無い、という感じの話しぶりでした」

「太陽の神より賜った散水塔、と言っていたな。神様がわざわざ散水塔なんかを人間に作って渡すって?実際にそんなおかしな話はないだろうよ」

「太陽の御使いらしくないお言葉ですね。神の存在を疑うのですか?」

「存在を疑うんじゃなくって、在り方を疑ってるんだ。チスイの荒野に水が不足しているのを危惧するのなら地形を変えるなりなんなりして楽園にしてしまえばいいんだ。地形を変えるくらい俺でもできるんだからよ」

 乱暴な言い方ではあったが、確かにタジにはその力があったし、それはラウジャも認めているので、他の二人に理解を促すように大きく頷いた。

「大体、チスイの荒野は環境が酷すぎる。小高い丘で地形はでこぼこ、その合間を縫うように風が吹くから……」

 そこでタジはふと言葉を切った。

 そのまま考え込むように一点を見つめ続けるタジを心配して他の三人が声をかけようかかけまいか悩んでいたところで、タジは椅子から勢いよく立ち上がった。

「タジ殿!?」

 勢いに驚いたラウジャが問いかけると、タジは満面の笑みを浮かべて断言した。

「散水塔の正体が分かった」

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