荒野に虹を 54
「つまりあなた方は、この封書が届いていながら、わざわざ別の方法を用いてチスイの荒野に水を引こうと言うのですか?」
「そう、わざわざ別の方法を用いて、犠牲を少なくしようと思ったんだ」
「しかし……レダ王の勅命に背くことになりますが」
「勅命の根幹は『チスイの荒野に続く魔獣との争いの低減ないし根絶』だ。その為に誰かが犠牲になることも、どこかが聖域になることも望まない」
断言するタジに対して、アーシモルは眉間に親指の腹を当てて考えていた。その案の確実性がどうあれ、犠牲が少なくなるという話を最初から否定することは出来ない。また、タジが発案だというのであれば、勅命の根幹と話す部分は少なくともレダ王と共有していることはアーシモルにも想像できた。
タジは、モルゲッコーと同じ香水を使うこの男がどのように答えるのかを待っていた。わざわざタジが聖域と言う言葉を使ったのは、おそらくアーシモルも、眠りの国における権力や利を得ようと政治をする者の一人だと思ったからだ。今回の勅命が、ポケノの町の反感を買うことをしっていてわざわざその要求を確認するということは、中央が反感を買うことを望んでいるか、それに乗じて自分だけが成り上がろうとしているかのどちらかだ。
「なるほど。レダ王のご命令はいかであれ、チスイの荒野が長年魔獣との戦争に悩まされているのは事実。しかし眠りの国の勅命に反してまで行おうという効果的な策と言うのは一体どのようなものなのですか?」
「ああ、それで質問を質問で返すようになって悪いんだが、建材に詳しくチスイの荒野とも隣接するこの町の親方に、あるいは昔を伝え知る老人などがいたらその人らにも聞きたいんだが、かつてチスイの荒野に散水塔が建っていたという話を知らないか?」
タジに話をふられて、それまでただ聞き役に徹していたゴンザが我に返る。目の前の三人を繰り返し見て、目をぱちくりさせると、頭を掻きながらすまなそうな顔をした。
「残念ながら、そういう話は聞いたことがないでさァ。ちょいと人を呼んで隠居連中に知っている奴がいるか探させましょう」
ゴンザは立ち上がり、部屋から出ていった。
「組合長が知らないとなると、望み薄かな?」
「ここにはかつて荒野を生きていた人が移住しているはずですから、決して望みがないわけではありませんが」
ラウジャが答えると、意外と言った様子でアーシモルが反応した。
「ほう、よくご存じでいらっしゃる。ラウジャ殿……と言いましたかな?あなたはここら辺のご出身で?」
「元々は。母がチスイの荒野出身でしたが、色々事情があって、今は騎士をしております」
「なるほど」
チスイの荒野出身の母と、色々の事情と言う言葉だけでアーシモルが察したということは、そういう話はあまり珍しくないということの証左でもある。
「上流から水を流して川を作るという計画をお考えになったのはタジ殿ですか?」
「そうだ。まあ、あんまりにお粗末な案だったし、ポケノの町に一方的に犠牲を強いることにもなってしまったからな、それはあまりいい案ではなかった」
「それで代案を……。しかし散水塔など、ありましたでしょうかね……私もポケノの町に生まれた者として、そういう話は噂にも聞きませんでしたが。第一、散水塔の名残があるのであれば、どこかに人工的に組まれた建造物があるはずです」
それを探すことも考えたが、話を聞いて知っている人がいれば……と思ったので先にタジらはポケノの町を訪れたのだ。
しばらく待っていると、ゴンザが戻ってきた。自分で聞き込みに行ったのだろうか、額に汗粒がわずかに浮いていた。
「散水塔の話を知っている人がおりましたでサァ」
部屋の入口で言うゴンザに、三人は顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「でも、ちょっと話がおかしいんでサ。どうかお二人とも、話を聞きに来てはいただけませんかね」
浮かべた笑みは一瞬で消え、わずかに困惑を表しながら、タジは他二人とともに部屋を後にした。
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