荒野に虹を 53

「まあまあ、そんなにカッカすんなって、ゴンザ組合長」

 名前を呼ばれたゴンザが赤鬼の形相でタジを睨みつけた。太陽の御使いは言わば神に最も近い人物と言ってよく、それに対して怒りを露わにするというのは、まさに神をも恐れぬ所業と言える。

 しかし、ゴンザは理不尽な死の宣告を前にして唯々諾々と従うような男ではなかった。タジ自身も別にこんなところで太陽の御使いとかいう名誉を振りかざそうとは思わない。

「そこに書かれていることは、一方では事実だ。俺たちはこの町から水を取り上げてチスイの荒野に通し、魔獣との戦争を今以上に広げないようにしたい」

「タジ殿は、チスイの荒野をひいきして、ポケノの町を潰そうっていう話をしにきたんですかい?」

「正直、それをレダ王から承ったときは焦ったよ」

「タジ殿!」

 どの王様が指示したかまで口にしてしまうタジに対してラウジャが言葉を遮ろうとしたが、タジは譲らなかった。こういう手合いは下手に嘘をついたり煙に巻いたりするよりも、直接ぶつかってしまった方が後腐れがなく、その後の交渉が円滑に進むと思ったからだ。

「しかしそれは俺たちが望む解決方法ではなかった。ああ、俺たちっていうのは、この計画が俺の発案であり、それに賛同する者がいるってだけだ。俺たちが望むのは、チスイの荒野に続く魔獣との戦争の被害をできるだけ小さくしたい、ということ。それに……」

 タジは床に落ちたワイン樽を回収し、机の上に戻した。

「その為に誰かが被る害も最小限に抑えられるなら抑えたい。だから俺たちは、こうして悪臭まみれになってでも下流の調査をしてきたんだよ」

 その言葉に毒気を抜かれたゴンザは、赤らんだ顔もすっかり落ち着いて、やや申し訳なさそうに席についた。

「それは、どういう事なんでサ?あっしにはどういう事なのか分かりかねますが」

「上流からではなく下流からチスイの荒野に水を流そうと考えているということでしょう」

 頭脳労働は任せっきりなのか、思考を放棄したかのようなゴンザに代わって、アーシモルが推理した。

「その通りだ」

「しかし、それを許さぬ理由もまた、封書には書かれておりますが」

「その通りだ」

 眠りの国側が穢れた水を許さないというのは、当然のように封書にも記入されているのだろう。

「タジ殿、書かれていることを確認なさらなくてもよろしいのですか?」

 ラウジャが懸念したのは、封書に本当に許さぬ理由とやらが書かれているのかということだろう。

「それは俺が認めている時点で、向こうも確認しただろうよ。なぁ、アーシモル」

 ゴンザが頭に疑問符を大書している隣で、アーシモルは無表情にうなずいた。

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