荒野に虹を 43

「川の規模を考えていなかったと?眠りの国に流す水量について頭を悩ませていたのに?」

 ラウジャの意見はもっともだった。正論すぎてタジとゴードの心にいらだちが生じるくらいだ。しかし、当たり散らしたところで何の解決にもならないことを二人は十分に承知していたし、事実解決策は深い思考の霧の中へと消えてしまった。

 それまで見ていたものが、荒野の砂塵が見せた蜃気楼のようにさえ思えて、タジは自然と呻き声をあげてしまう。野生の狼のような呻き声に、ラウジャが一瞬たじろいだ。

「川そのものを通すと考えれば、上流から水を引けばポケノの町は機能しなくなるぞ」

「だとしたらやはり下流を曲げて荒野に流すほかなく……」

「それで眠りの国は納得しないだろ?」

「ですから……」

 タジとゴードは、霧の中に消えた川を引く案を再び掴むべく、地図を睨んで互いに独り言のような話し合いに沈んでいった。

 その様子をイヨトンと共に半ばあきれるように見ていたラウジャは、小首を傾げながらイヨトンに話しかけた。

「イヨトンさんは、一緒に考えないのですか?」

「私はただのタジ様のお守りですから。それに、考えるのは得意ではありません」

 あっさり言うと、別の机に避けてあった水差しと人数分のコップを用意して、文机の上に置いた。

「ラウジャは、チスイの荒野に川を作ることについて、どう思っているの?」

「僕は……ありがたいと思っています」

「ありがたい?」

 ラウジャの前に水の入ったコップを置くと、ラウジャはそれを手に取った。

「僕はチスイの荒野で生まれました。生まれた、って言っても、まあ特殊な事情があって……。母ともども捨てられそうな境遇だったんですが、騎士の父は、僕以外の男児が生まれなかったそうです」

 ラウジャの母は、チスイの荒野で体を売っていたのだろう。そこで騎士である父に買われ、ラウジャが生まれた。しかし体だけの関係だったラウジャの母は、父が眠りの国に帰ると同時に捨てられた。その後、父の本当の家族には男児が生まれず、母はそこに付け入ってラウジャを認めさせたのだ。

 込み入った事情だが、無いことは無い。むしろ、ラウジャの母親が父に対してどのような交渉を持ってラウジャを息子と認めさせたかの方が気になるところである。

「それで僕は父に倣って騎士になりました。……父はあまり好きではありませんでしたし、本当の母とはあまり会うことも出来ませんでしたが、それでも僕は今、母のために働くことができますし、チスイの荒野を魔獣から守ることもできる」

「歌姫が誘拐された時に、もっとも勇敢に戦った理由はそこにあったのね」

「チスイの荒野は、僕にとっては故郷のようなものですから」

 母親は、かつてチスイの荒野に住んでいた民の後胤だとラウジャは言うが、もうずいぶんと長く戦乱の最中にあるチスイの荒野で、かつて人間が生活していたという話をイヨトンは聞いたことがなかった。

「ずっと昔、それこそまだこの地が戦場でなかったころは、チスイの荒野は豊かな牧草地だったと言います。それこそ、灌漑施設として散水塔がそこかしこに立っているような」

「散水塔!?」

 ラウジャの一言に顔を上げて驚いたのはゴードだった。

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