荒野に虹を 42
ラウジャがこの場にやってきたのは、モルゲッコーのゴードに対する風当たりが強いことに薄々感づいていたためである。ゴードは元々タジに近いところにおり、またタジは歌姫に関する事件においてレダ王に乞われてチスイの荒野に登場し、窮地を救った。その二人が繋がっていることに妙な胸騒ぎを覚えたのだと言う。
「ですから、期待と不安が綯い交ぜになった状態と言った方がいいと思います」
ラウジャは、自分が悪いことをした訳でもないのに妙に体を縮こまらせている。委縮しているわけではなく、何の覚悟も無しにある意味で敵地とも呼べる場所に来てしまったことを、今更ながらに後悔しているようであった。
「すいません、突然の訪問の上に変な話をしてしまいまして」
「気にするな、有益と言えば有益だった」
「そうですね。少なくとも、モルゲッコーの与する方は、明確に眠りの国を最上のものとしています。レダ王の無理難題が彼ら一派の要求だとしたら、犠牲に優先順位をつけようという問題は、根本から壊してしまうべきです」
「しかしそれは結局思考の袋小路に入るだけなんだよなぁ」
「タジ殿は、レダ王からの勅命を受けているのですよね。差し障りがなければその内容を教えていただいても?」
「ああ、別に隠し立てするようなことでもないからな」
イヨトンとゴードの制止をふりきって、タジはラウジャに次第を説明した。ゴードは尚も途中で制止しようとしていたが、タジが文机の地図を指し示す。
「これを隠さなかった時点で、頭の良いラウジャならば早晩理解しただろうさ。だとしたら、仲間に引き入れた方が良いだろう」
それは言外に、ラウジャが本当に間諜だった場合には、そのような動きがモルゲッコー側から現れるかも知れないということを伝えてもいた。いずれにしても、地図を隠さなかった時点でラウジャは仲間に引き入れるべきだし、タジはラウジャの倫理観がこちら側に与するだろうことを期待していた。
「という訳で、俺たちはこれからポケノの町に行き、チスイの荒野を通って眠りの国へとつながる一本の川……まあそれが川になるか灌漑になるかは分からないが、いずれにしても水を通す予定だ。そのために動いている」
「なんと……」
ラウジャの拳は固く握られ、わずかに震えていた。
「それで本当に……本当にチスイの荒野に戦争はなくなるのですか?」
「絶対とは言い切れないが、今までのような大きな争いが続くようなことはなくなると思う。魔獣側にしてみれば、人間と領土を分かつ毒が流れているようなものだ」
人間には無害だが、魔獣には有害。酸の川が流れていると考えれば、魔獣に及ぶ危険を理解することができるだろう。
「だとしたら、相当大きな川にしなければなりませんね」
ラウジャの指摘にタジは目を瞠った。
大きな川。
「灌漑だと、それが崩されることを考えなきゃいけないのか……!」
思考が巡る。細い川では埋め立てられて終わる。大きな川にするにしても、対抗する土木工事で終わる。
ふりだしどころではない。今までの道のりの倍くらいまで後退したように思われて、タジは思わず眩暈を起こしそうになった。
ゴードも同様のことを考えていたようで、頭をガリガリと掻いて地図を見る。
「まいった……!川ができなければ何もどうにもならないぞ……!」
「どうしたんですか、二人ともいきなり困惑なさっているようですが」
「困惑も何も、ラウジャ殿の一言で川を作る案がご破算になりそうなんですよ……!」
ラウジャが目をしばたたかせている。
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