荒野に虹を 36

「そうだ、どちらも結局は人工を用いて事業を行うことに変わりない。そしてこれはおいそれとこの場で即断できるものでもない」

「もちろんです」

 レダ王が考えていたこと、タジが献策したこと、共に利点と難点がある以上、この場でおいそれと決められることではなく、王たちによる合議が求められるだろう。

「……して、タジよ」

「はい」

「お前は、どちらの案が採られても協力する気はあるか?」

「俺は太陽の御使いらしいですからね」

 難しい質問だった。

 協力しないと言ってしまえば、タジの献策は反故にされるかもしれない。それは決してレダ王が狭量だからという訳ではない。タジが協力しなければどちらの策を採ろうとも難しい仕事が出てきてしまう。迂回路を作るにあたっては、チスイの荒野をご破算にするためにタジの手懐ける紅き竜の破壊力が必須に近く、灌漑事業を行うにあたっても、騎士や貴族から噴出する不平不満をタジの名を出して軽減せしめなければ国は身動きが取れない。

 いずれにしてもタジの協力が不可欠な以上、協力の姿勢は見せておくに越したことはないが、タジ自身は当然自分の案を採用してもらいたい。しかし、どちらの案も眠りの国の事情だけで考えれば甲乙つけがたく、その天秤がどちらにふれるかは分からない。肩入れをするにも、この場で表明すれば逆に王の態度を硬化させかねない。

 わずかの間も差し挟まずタジが答えたのは、思考をすること自体が自分の献策への誘導とみなされかねないからだった。

「ふむ、膂力だけでなく頭もよく回る。本当に、自由にさせているのは惜しい」

「自由にさせていただいているだけでもありがたいですよ」

 そこにムヌーグが戻ってくる。

 その手に代わりの酒の入った水差しを持っているが、二人の雰囲気に何か感じ取ったらしく、机にそっと水差しを置いた。それを合図にとばかりにタジが立ち上がると、レダ王は座ったままでタジに向かって右手を差し出した。

 タジは差し出された手をぐいとつかむと、レダ王はその腕に力を込めて立ち上がる。

「……ムヌーグ、これは何かの儀式か?」

 質問したのはタジだった。

「私は存じ上げませんが。それに、レダ王は健脚にございます」

「なんだ、握手というのはこういうものでは無かったのか?」

 レダ王が言った。

「アルアンドラから聞いた話では、タジはそういう挨拶をしたと言うが」

 アルアンドラ、という名前を聞いてようやくタジは合点がいった。

「確かに、微妙に間違っていますね。握手とはこういうものです」

 タジはレダ王の手を強く握ると、ゆっくりと上下に揺らした。

「ふむ。これが握手か」

「ただの挨拶ですよ」

 タジの言葉に、レダ王は片方の口の端を上げて器用に笑ったのだった。

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