荒野に虹を 24
眠りの国に着くころには、東の空から太陽がわずかに頭を出していた。
事前にイヨトンから聞いていた通り、この国は太陽が昇ると同時に鐘が鳴る。それと同時に人々が一斉に動き出すので、その前に兵舎に戻って来なければ、人に見つかる可能性がグンと上がるのだ。
「と言う訳で、ゴードは謀殺されかけ、俺の片手はこの通り」
夜を徹しての見張りからタジが兵舎へ帰ってくると、既にイヨトンは目覚めていた。タジを待っていて徹夜をしたからという理由などではなく、単純にこの国の騎士の多くは日の出と共に動き出すのが当たり前というだけだ。
「この通り、って触れただけでこうなるのですか?」
黒いアザを見せられたイヨトンはわずかに戦慄している。その肌に触れて良いものか迷っているので、タジは首を横にふって制した。
実際にこのアザを他人が触れてどうなるのかは検討がつかない。タジの知っている限りで、完治のためにはニエの村にある禊の泉の水を用いなければならず、それが簡単に手に入らない以上、不用意な接触は控えるべきである。
「ゴードが触れていたら大変なことになっていただろうな」
「……タジ様の話で一つ気になるところはあります」
「何だ?」
「暗殺者は、どうしてわざわざ小瓶から直接ではなく、剣に伝わせるようにしてその神の祝福というものを垂らしたのでしょう?」
小瓶の中のものを垂らすだけなら、わざわざ剣を用いる必要はない。
「それともう一つ。なぜ暗殺者は神の祝福を口に含ませようとしたのでしょう?」
肌に触れただけでこれだけの効果がある以上、口に含ませずとも重篤な損傷を与えられるはずである。
「完全に殺すためには神の祝福が量的に不足していたからじゃないのか?剣先から垂らすことによって口周りに確実に祝福が届くようにした、と考えれば二つのことに関して辻褄が合う」
「……なるほど」
イヨトンはしかし思案顔である。
「何か別に懸念していることがあるのか?」
「懸念というほどではありませんが、どこか引っかかるところがありまして……」
神の祝福が、人間にとって極めて有害であることには違いない。問題はその有害の方向性である。タジは実体験として、体中に神の祝福を浴びたことによって感覚を失い身動きが取れなくなった。
しかしそれは死とは別種である。口に入れば口の感覚を失って、あるいは内臓に入れば内臓の感覚を失って、結果的に死が訪れるのではないか。順序立てて考えていくとそのようにも考えられる。
「タジ様、それは順序立てていません」
「どういうことだ?」
「死が訪れることありきだからです」
「いやいや、暗殺しに来たのだから、結果的に死ぬことは正しいだろ」
「いいえ、死ぬにも色々……ッ」
イヨトンは何かに気づいた。それから顔面がすっかり蒼白となり、タジの肩を思わず掴んだ。
「タジ様ッ、これは……神の祝福は、人を魔獣に変えるものかも知れません」
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