祈りの歌姫と紅き竜 07
「強い御仁だ。男に言葉はいらない、ただ力さえあればいい」
「物事は単純なほど強靭だとは思うよ」
タジの言葉にアルアンドラは豪快に笑った。
「それで、今日は宿舎泊まりか?第二中隊があらかた不在だから選り好みしなければ部屋はいくらでも空いているぞ」
「そうですね。明日にでも謁見を済ませてしまいたいので、今日は宿舎の方に泊まらせていただきます。タジ様に不満がなければですが」
「屋根のある寝床に何の不満があるって言うんだ。旅の間ずっと野宿だったから横になれる寝具があるだけで満足だよ」
道すがらは傭兵の職分を全うするために荷車や馬の見張りをするのが自然であった。イヨトンはタジにそのような雑事をさせるわけにはいかないと、常に自分が夜帯の見張りを買って出るものの、タジが仕事を疎かにすればわざわざ傭兵に扮する意味がない。そう言ってタジは宿場の小屋で寝ることをせず、イヨトンと交代で夜の見張りをしたのだった。
「イヨトン、お前タジ殿にそんなことをさせていたのか」
「あー、気にしないでくれアルアンドラ。俺が勝手に手伝ったことだ。それに、イヨトンの隣はふかふかで温かかったから」
「それこそ申し訳ない!イヨトンのような薄く硬い体では夜もさぞかし寒かったでしょう!」
「そうなんだよ、ムヌーグは結構肉付きが良かったんだがなぁ」
「アルアンドラ中隊長?タジ様?」
二人が振り返ると、既に細身の剣を抜いて顔を笑みの形に歪めたイヨトンがいた。
「世の中には言って良いことと悪いことがあるのをご存知ですか?」
「おおっと、本人を前に思わず口を滑らせてしまった。なぁ、タジ殿」
「いや、口を滑らせてっていうかうおっ!?」
タジの眼前を剣が滑るように通っていく。こんなことがニエの村でもあったなどと悠長に考えているうちに、剣は目の前で刃の方向を変えて、そのままタジに襲い掛かる。
「いや、それはお前ムヌーグもしなかったぞ!?」
体をのけ反らせるように避けると、数本の髪の毛が空を舞っているのが見えた。イヨトンは本気で斬りかかっている。
「私はムヌーグ様よりも弱いものですから、本気でかかって遊び程度かと思いまして、フフ、ウフフフフ」
「おおお、イヨトンもこんな風に怒るのだな。新たな一面を見せてもらった」
「見せてもらったじゃねぇよアルアンドラ!どうしてくれんだこれ!」
「タジ様との遊びが終わりましたら、次はアルアンドラ中隊長の番でございますよ」
会話の間にも、イヨトンの刃は間断なく空を斬る。何度目かの攻撃をかわしざまにタジはその剣を白刃取りし、イヨトンから剣をもぎ取った。
「落ち着けって!」
「これ以上なく落ち着いておりますよ」
背後に剣を投げ飛ばすと、イヨトンは両手でもってタジに襲い掛かる。馬乗りになったイヨトンの向こう側、アルアンドラがいたはずの場所には、既に人影はなかった。
執務机の方で何かが動き、それがアルアンドラだと気づいたのは、ろうそくの炎にアルアンドラが顔を近づけてからだった。何をするのかと思いきや、息を吹きかけてそれを消してしまう。それと同時に外から鐘の音が鳴り響いて、日没を告げる。
「さあ、仕事は終わりだ。私は帰ろう。宿舎内の設備は自由に使ってくれて構わないからな、それでは」
「それでは、じゃねぇ!」
「フフフ、乙女の心を傷つけた報いを……」
タジの首にイヨトンの指が食い込む。ギシリ、という気味の悪い音がタジの首筋から聞こえてきた。
「ちょっ、落ち着け!分かったから、ちょっと落ちっ、てめえこのアルアンドラー!」
タジの咆哮むなしく、既にアルアンドラの姿はそこに無かった。
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