祈りの歌姫と紅き竜 06

「おお、イヨトン!よく戻ってきた。ニエの村はどうだった?ムヌーグは息災でやっているか?」

 兵舎で二人を出迎えたのは、熊に人間の皮を被せたような大男だった。肩幅から肉がはち切れんばかりの体躯で入り口の二人を両腕を広げて出迎える。身の丈に合わない小さな執務机に収まって腕を広げていた。執務机は悲鳴を上げているように見えるほど窮屈だ。

「俺も体はそんなに小さくはないと思っていたが、別格だな」

「やや!そっちの方はもしや」

「ええ、ニエの村を解放したタジ様です」

 大男は執務机を離れると、タジはイヨトンに連れられて部屋の中央まで連れられる。そこで大男は膝を折り、騎士団の作法らしい様子で恭しく礼をするのだった。

「俺は白鯨の騎士団第一中隊長、アルアンドラと言います。この度は、わが国の難事を解決していただきましたこと、不在の団長に代わりましてお礼申し上げます」

「第一中隊長というのは、白鯨の騎士団の序列で言うと二番目にあたる方です。ムヌーグ様が第二中隊長ですので、簡単に言えばその一つ上の方ですね。」

「俺はムヌーグがそんなに偉いということに逆に驚いたよ」

「ムヌーグは生え抜きの騎士な上に実力も折り紙付きなもんで、出世も早いんだなァ!おっと、タジ殿にこんな言葉遣いは失礼か」

「いや、気楽にしてくれて全然構わない。その方が俺もしゃべりやすいし、大体言葉遣いが丁寧でもその後ろに棘をたくさん生やしているような奴とニエの村で散々やりあってきたからな」

 それがムヌーグの悪口だと分かったのだろう、イヨトンがアルアンドラの死角でタジの背中をつねったが、タジは意に介さなかった。

「そうかありがとう、はははは!ムヌーグには悪気はないんだ、許してくれ」

 アルアンドラは立ち上がった。タジが右手を差し出すと、少し不思議な顔をして、それから同じように右手を前に出した。

 そういえば、握手という文化がないのだった。タジはやや強引にアルアンドラの手をとり、軽く上下に揺すった。

 遊び心でタジは握る手に力を込めてみた。古来握手を挨拶とする文化において、握る力はそのまま生命力の表れでもある。タジが力を込めると、アルアンドラの表情にほんのわずかな揺らぎが見える。タジの微笑に意を汲み取ったらしく、アルアンドラは握手をする右手に思い切り力を込めた。

 二人の間に何らかの比べ合いが行われていることを察するも、その正体が掴めないと言った様子でイヨトンが困惑し始めたころ、二人は共に満足して手を離した。

「これが俺なりの挨拶の仕方でね、気を悪くしたらすまない」

「ふむ。知らない挨拶の仕方だ。しかし悪い気はしないから大丈夫だ」

 厳つい手だった。ムヌーグを生え抜きとアルアンドラは言ったが、彼がそう言ったのは彼自身が騎士団内で何らかの実績を上げてその地位にいることを表しているのかも知れない。

「お二人とも、見ていてハラハラすることはお止めください」

 イヨトンが苦言を呈するも、二人とも全く意に介さなかった。

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