祈りの歌姫と紅き竜 03

 旅程は大きな事故もなく、穏やかですらあった。それこそ夜に星を眺めて二人寄り添い物思いにふける程度には平和だった。

「ふああ、っぁ……」

 夜更かしを主張するかのようなタジのあくびが街道に響く。隣を歩く馬にうつったのか、荷車を牽く馬は首を左右に大きく振って、唇をふるわせた。手綱越しに荷車が揺れて、ゴードが背後でたじろぐのが分かる。

 神の遣いを称する領主の凶報は広まっているものの、それに伴う魔獣の増加は、少なくとも人間の用いる街道沿いでは感じられなかった。

「我々の同胞が頑張っているからです」

 馬を挟んで向かい側を歩くイヨトンが言うには、騎士団が定期的に魔獣の掃討を行なっているのだという。騎士団は全部で五つの大隊に分かれており、それぞれ独立して任務を行なっているのだそうだ。

「独立している、って簡単に言うが大丈夫なのか?」

「大丈夫とは?」

 騎士団は言わば治安を維持するための暴力装置である。権力と同じように、分散して保持されていると必ず争いの火種になる。大隊が五つあるならば、その上に大隊をまとめる中枢があるはずだが、イヨトンの説明の中にはそのような存在はほのめかされもしなかった。

「それぞれ独立した騎士団が互いに反目し合い、争いの火種になる可能性があるんじゃないかと思ってね」

「それに関しては、眠りの国の統治の仕方に由来しておりますので問題ありません」

「統治の仕方」

 現在の眠りの国は一人の王による統治ではなく、四人の貴族による合議によって統治されているのだという。そのため、四人はそれぞれを王と名乗るものの、確執による国の分裂や権力への欲求による力の集中などを起こさないのだ。

「四人の王に対してそれぞれ一個大隊の騎士団がつきます」

「待て待て待て、数が合わないぞ。そんなの子どもでも分かる」

「それは……」

 イヨトンが言いあぐねていると、助け舟のように二人の後方、手綱を握るゴードが答えた。

「元々は五人の王だったのですが、一人偏屈な王がおりましてね、統治の座を自ら降りたのですよ」

「なるほど。四人では多数決による決議が難しいだろう、と思っていたがそういう理由があったわけだ」

「第二騎士大隊、通称白鯨の騎士団は現状で王に付随する騎士団ではないために、現在は教会が保有する戦力として各地の任務に奔走しています。解体されていないのは前王の遺した言葉のおかげですね」

「ムヌーグ様率いる中隊はその白鯨の騎士団に所属しております」

「あー、だんだん難しい話になってきたな……」

「子どもでも分かる話ですよ」

「その子どもはどんな英才教育を……って騎士を目指す家系なんかだとある意味生活に根付いた知識と言えなくもないのか?」

「商人にとっても常識ですが」

「そりゃあ商人は世相を見て動くだろうよ」

 イヨトンもゴードも侮るような微笑を見せる。タジは完敗とばかりに両手を上げた。

「了解、眠りの国における常識な訳だな」

「分かっていただけたようで何よりですわ」

 イヨトンはこの国のことを知らないタジを案内する役割をもってついてきている。無知のままに引き回すことを案内とは言わず、前提とされる情報があるならば、それは前もって伝えておかなければならない。イヨトンはそう考えていた。

「それで、他に事前に知っておいた方がよい情報は?」

「王と騎士団の関係さえとりあえず知っていただければよいかと思います。タジ様はきっとどなたにも与するつもりはありませんでしょうから」

「無論だな」

 アエリに切り札として使われた以上、眠りの国で何かしらの条件はつけられるだろうが、その権限で与えられた任務はすれども、眠りの国そのものに与することも、まして特定の王に与して内乱を誘発しようなどするはずもない。

「それで問題はございません」

「そろそろ眠りの国が見えてくるころです」

 ゆるやかな丘を上りきると、眼下に眠りの国が広がっていた。

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