狼の尻尾亭 17

「お祭りということで、近くの村からもいくらか人が来ているんですよ」

 トーイが説明するには、広場のあちこちで行商人や別の村から来た商人が商売をしているのだという。地べたに商品を広げていたり、広場の一角でテーブルを借りてその上に商品を広げていたりという人たちはもれなくその部類で、その人たちが妙なことを起こさないか監視するためにやぐらに上った人が目を光らせているらしい。

「とは言っても、騎士団の方も増えていますから、あんまりひどい商売はできないでしょうけど」

「そうなのか?」

 トーイに向かって問うた言葉は代わりにゲベントニスが答えた。

「我々は治安維持も仕事の一つですから」

「いや、そうじゃなくって、騎士団が増えているっていう話の方なんだが」

「そちらでしたか。ムヌーグ様率いる中隊の半数がニエの村に駐屯する手はずになっております。ニエの村以外にも一帯の村には常に数人の騎士団員が配備されるようになって、交代制でガルドが領有していた土地の治安維持をすることになりました」

 とりあえずどこかに腰を落ち着けよう、という話になって、広場を見回していると、タジたちに向かって手を振るテーブルが一つあった。

「タジ様、待ちくたびれましたよ」

 ムヌーグだ。

 テーブルは周囲に数多あり、そのどれもがすっかり埋まっていた。客層も多様で、ムヌーグの護衛をしているのか騎士然とした者、傭兵や冒険者を思わせる身なりは野卑ながらも腕っぷしに自信のありそうな者、地図を広げてしきりに道順を確認し話し合っている者、商品を広げて大声で客を呼び込む者……。

 テーブルは広場に隣接した一軒の建物を囲むように並べられているのだが、その建物はまだ建設途中らしく、剥き出しの柱に屋根が置いてある様子は木製の積み木を思わせた。これから壁が作られ、床が作られすると結構な大きさの建物になるのだろうと想像できる。柱の具合を見るに、三階建てだろうか。

「村総出で建築中なんです。私もお手伝いしているんですよ」

 テーブルについてなお建築途中の建物を見上げるタジの横顔を見て、トーイが誇らしげに言った。

「ここには古い商館が一つあったのですが、村の再建にともなって新しい建物を作ろう、と言う話になったんです」

「本当は、タジ様が起きるまでには完成させたかったのですが、部下共が使えないせいでこんな不細工な状態で見せることになってしまって……」

 タジとトーイはムヌーグと向かい合って座ったが、そこにゲベントニスが同席することはなく、ムヌーグの斜め後ろに直立していた。部下共という言葉に一瞬慄いて体を強張らせているのを見ると、タジは思わず苦笑いしてしまう。

「いや、無理に突貫工事するくらいならちゃんと建てた方が村のシンボルとしては大切だろう。早く建てることよりも、長く建っていることの方が重要だと俺は思うが」

 建物は使い捨てではない。ましてこの村の中央に新しく建てられるシンボルとしての建物だというのであれば、長く建っていることで風格も出るだろう。

「それはそうかも知れませんが、無駄に時間と人工をかければ良い、というものでもありませんゆえ」

「ああ、ムヌーグはそういう考え方するよな」

「タジさん!ムヌーグ様を呼び捨てだなんて!」

「いいのですよ、トーイ嬢。タジ様はそういう枠の外にいらっしゃる方だから」

「おまたせしましたー」

 テーブルの上にジョッキが四つ、ゴトンと置かれた。テーブルの上にジョッキが広げられて、その中央に骨付きの羊肉を香草でローストしたものが置かれる。ゲベントニスが事前に注文していたものがようやく届いたのだ。

「あれ、お前は……」

 持ってきたのは、エッセだった。

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