狼の尻尾亭 16

 足の悪いトーイのエスコートはぎこちなかったが、それゆえ真心が伝わってくるようだった。道の両脇に焚かれた篝火の間をゆっくりと進むのは、どこか神聖な儀式を思わせる。

 結婚式のウェディングロードというのはこういうものなのかも知れない、とタジは思う。時々地面につっかかるように歩くトーイの方を心配そうに見ると、困ったように笑うのだった。

「またお姫様抱っこしてやろうか?」

「やっ、やめてください恥ずかしい!」

「そうかい」

 タジはトーイの手を取ると、そのまま自分の周囲を回らせるようにトーイを引っ張る。突然のことに驚いたトーイが足をもつれさせて転びそうになったところを、タジは思い切り引き寄せて、両脇から持ち上げた。

「わわっ、何をするんですか!」

 見上げると、トーイが頬を膨らませている。

「その高さだと、広場の様子が見えるんじゃないか?」

「広場はすぐそこです!下ろしてください」

 駄々っ子のように足をバタつかせるので、そのまま肩に担いで持っていこうとしていると、広場に通じる道から背の高い男がひょっこり現れた。

「ああ、タジさん。起きてらしたのですね。隊長がお待ちですよ」

「隊長?……ああ、あんたはもしかして」

 肩幅のしっかりした男は、短く刈り揃えられた頭をわしわしと掻いた。ハの字の太眉が常に困っているような印象を与える。

「はい、ムヌーグ騎士団所属、第三等騎士ゲベントニスです」

「ちょっと、タジさん。恥ずかしいから下ろしてくださいよー!」

 持ち上げていたトーイが二人の視線の間でじたばたしていると、ゲベントニスがハの字の眉を吊り上げた。

「……お楽しみ中でしたか?」

「……ちょっとした筋力トレーニング?」

「タジさん、あごを蹴りますよ!」

 篝火に照らされていてなお分かる真っ赤な顔は、怒りなのか羞恥なのかも分からない。ただ、じたばたしていた足が露骨に顔を狙いに来ているのが分かって、残念だと思いながらタジはトーイをゆっくりと下ろした。相変わらず膨れた頬をして睨んできたが、すぐにぷいとそっぽを向いてしまう。

「ほら、ゲベントニス様も呆れてますから。早く行きますよ」

「お邪魔でしたか?」

「お邪魔じゃないです、タジさんが悪戯しているだけなんです!」

「だそうだ。さ、いい加減行くか」

 ゲベントニスが現れた曲がり角はそのまま広場に通じる道だった。

 篝火の囲む大きなスペースには、かなりの人数でごった返している。広場の中央に作られたやぐらは丸太で組まれており、教会の小塔ほどの高さのところで誰かが音頭をとっている。周囲の家々は商店で、出店を設けて様々な飲食物を売っていた。そこかしこから脂の焼ける匂いや、炭の匂いが漂ってきて、タジは自分が空腹だったことを嫌が応にも思い出す。

 川を挟んで対岸の広場でもおおむね状況は変わらず、人と物とそれらの織り成す喧騒とが、辺り一面に広がっていた。あちこちで焚かれる篝火が倒れていないのが不思議なほどだ。

「凄い人の数だな。村にこんなに人がいたのか」

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