狼の尻尾亭 01

 タジは、炭焼き小屋の外にいた。

 耳を澄ませて、森から村へ降りてくる獣の監視をしているのだ。

 村へ戻ってから二十日間、タジは一睡もせず、森と村との狭間で防人をしていた。森と村の狭間と言っても、村は森に半ば飲み込まれるような形をしているので、村に隣接する森のどの部分から獣がやってくるかはその時にならないと分からない。背の高い多年草をかき分けるように現れる獣に対処するためには、森にもっとも深く食い込んでいる炭焼き小屋を中心として、獣の脅威から村を守ることが必要だった。

 領主ガルドを打ち倒したあの日から、森の様子は変わった、とエッセは言う。

 エッセは、毎朝タジの下に朝食を届ける係になっていた。ヤグレンナとピルギリムが動けない以上、そちらの世話を村総出で行う代わりに、素性の知れぬタジの身の回りの世話をするという契約で仕事を任されたのだ。

「僕が子どもの頃は森から獣が下りてくることはなかったよ」

「羊や農作物を野獣に奪われることも無かったのか?」

「うん。人間の場所にはやってこないのが普通だった」

 それが今や、獣たちは大挙してニエの村――村の名前はそのままにしておくのだ、とアエリは言った――を襲ってくる。森から場所を追われて、という様子ではなく、人間の育てる羊や鶏、あるいは農作物などを目当てにしているようだった。

 それだけなら、タジのみでなく、普通の人の手で何とでもなると思われたが、その中には、明らかに人間を殺傷することを目的とするような非常に残虐性の高い獣が現れたのだ。

 アエリはそれらを魔獣と呼んだ。

 魔獣は領主ガルドが宿していた神の眷属としての力、その一部を有しており、人間に対して好戦的で、戦術を有していたり、その獣の持ちえない特殊な技能を有していたり、あるいは人間に勝るとも劣らない知力を有していたりするのだった。

 ガルドほどの圧倒的な力は無いが、それまでニエの村の外敵に対する防衛力が皆無だったのと、魔獣の好戦的で人間に敵対的な性格とがあいまって、ニエの村はあっという間に危機的状況に陥ったのだった。

 この地域一帯の領主というのも神の眷属と称するのも伊達ではなく、ガルドの支配力は確かにそこに存在していたのだ。

 アエリ村長は、魔獣の出現も既知といった様子で既に次の策を打ったという。その対応力には驚かされるが、無能で常に助力を乞わねばならないというタイプではないというのは正直頼もしくもあった。

 対応には当然時間を要する。

 タジはその時間を稼いでいた。普通の森の獣は脅して追い返し、あるいは一頭を倒して怖気づかせ、魔獣は打ち倒す。

 森の獣は村を囲う森のどこから現れるか分からなかったが、魔獣はほぼ確実にタジを狙ってきた。

「狙いは、これだろうな」

 タジの手元にある漆黒の正四面体。ガルドが力を分け与えるために作り出したという四つの黒球の集合体。おそらく、これを取り込めば魔獣の力は激増するのだろう。

「来るのが魔獣だけなら、まだ楽なんだけどな……」

 川を挟んで向こう側の森から、ガサリと草をかき分ける音がする。

 タジはおもむろに立ち上がり、村の中に入り込もうとする野獣を追い払いに向かった。

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