食人竜の村 33

「これで大体の処理は終わったか」

「ええ、ですから貴方は村長の家に行っていただけますでしょうか。残りの細々としたことは私たちで出来ることですから。ついでに簡単に報告もしていただけるとありがたいのですが」

「そんなに畏まらなくていいって。報告くらいいくらでもしてやるよ」

「よろしくお願いします」

 慇懃無礼な村人に軽口をたたいてタジはその場を去った。

 やらなければならないことはまだある。

 頭陀袋で連れ去られた子どもに向かって、重傷を負ったヤグレンナはエッセと呟いた。その名前は夫妻の子どもの名前だ。なぜ夫妻が自らの子どもを頭陀袋に入れて運ばなければならなかったのか。そしてなぜ夫妻が頭陀袋の中身を知らなかったのか。そもそもヤグレンナの一家が生贄に選ばれた理由は……?

 タジは頭を振った。

 違う。それらを俺が誰かに、例えば全てを理解しているだろうアエリ村長に詰問したところで、エッセが捕まったという事実を曲げることは出来ない。俺が出来ること、すべきことは、アエリ村長が説明する策に乗じてエッセを助け、この村を神のくびきから解放することだ。

 広場から川の流れに沿うように村の入り口に向かう大路は、市場がひしめきあう。川岸の向こうには肥沃な牧草地があり、反対側はやや爪先上がりである。大路から一本入って傾斜のてっぺんに村長の家はあった。村の中心からはやや離れており、教会と村の入り口との中間くらいに位置していた。

 タジはノックもせずに木戸を開ける。藁束に麻布をかぶせたベッドの上には、それぞれ夫妻が寝ており、そこに寄り添うようにしてトーイが手を組み祈っていた。開けられた扉から空気が入ってきて蜜蝋の灯りが揺らめくと、トーイはゆっくりと目を開けてタジの方を見た。

「おかえりなさい。少しざわついていましたが、何かありましたか?」

 村人が集まったときの騒ぎは、ここまで届いていたようだ。確かに、今はコウモリや梟でさえも眠りにつくような時間帯である。あと数時間もすれば鶏が鳴きだし、東の空が白んでくるだろう。静寂の中の騒ぎは、聞きたくなくとも耳に入ってきたに違いない。

「死体が爆発したんだよ」

「嘘を言わないでください、爆発したのならもっと大騒ぎになっています」

「そうだな。だから大したことは無かった」

「もう、そうやってはぐらかすんですね」

 トーイは困ったように笑った。その瞳の下には隈が出来ている。先ほどまで目をつむっていたにも関わらず、だ。彼女もまた、自分の出来る限りのことがしたい、とその場で祈っていたのだろう。

「寝なかったのか?目の下に疲れが出てるぞ」

「アエリ村長は眠った方がいいとおっしゃってくれたのですが、眠れませんでした。どうしても、お二人の様子を看ておきたかったですし、それに……」

 アエリは苦しそうな寝息をたてるヤグレンナの手首をそっと握った。

「私自身、眠れなかったんです。心も体も疲れているのに、恐怖とか興奮とかが混ざったような不安が私の胸を締めつけて……だから、祈っていました」

「そうか」

 タジは短く言葉をきってトーイに近づいた。ヤグレンナの手首を握るトーイの手の甲に手のひらを乗せる。トーイの手は、少し冷たかった。

「そういう時は、出来ることを少しずつやればいい。それで、眠気がやってきたらそれに身を任せることだ」

「そう、ですね」

「あーらタジちゃん、おかえり。彼らの死体ちゃんは片付けちゃーん?」

 タジの重ねた手を眩しそうにトーイが見つめていると、独特な口調を取り戻した村長が手に何かをもって家の奥から戻ってきた。

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