食人竜の村 34

「騒ぎの声が聞こえただろ?死体は跡形もなく消えたよ」

「本当ちゃん?このくらいの黒いタマタマがあったと思うんだけど」

 アエリは空いている方の腕でオーケーサインを作った。タジと目が合うと首を傾げて微笑む。

「村長は知っていたんだな」

「そりゃあ、物知りちゃんでなければニエの村の村長は務まらないちゃんなのよ」

 物知り、というのは知識だけではないのだろう。知識を手札として、相手が同じ手札を持っているか、持っている場合、持っていない場合、どのように札を切っていくか、相手に悟られるか、悟らせるか。

 手札を晒して売れる信用、手札を偽って手に入れる利。それらを天秤にかけてわずかな傾きを見極める。そうやって、この村長はこの世界を渡ってきたのだ。

 駆け引きによる働きが村長の主戦場なのだとしたら、タジがわざわざその舞台に乗る必要はない。手札は常に偽らないことが、相手の信用を得るのには手っ取り早い。

「これだろ」

 ポケットから二つの黒球を取り出した。

「さっすがタジちゃんね。タマタマ両方見つけるなんて」

「土を掘り起こせ、と命令したのはこの黒球を見つけさせるためか」

 言うとアエリは口角を押し上げて笑った。タジは思わず感心する。村長の指示は一つの行動に複数の意図を忍ばせた。

「だが、黒球が他の誰かに……それこそ死体に火を放った村人が先に見つけることだって……」

 そこまで口にして、タジは再度理解する。村長は物知りでなければならない。であれば、顔を合わせたほんのわずかの間にタジ自身の情報を手札として手にし、それを利用することが……アエリならやりかねない。

「タジちゃんはね、ずっと何かを探してるちゃんな感じ」

「生憎、この世界のことが分からないもんでね。未知が危険に直結することもある」

「それで、ニエの村が神に支配されていることに気づくのだからびっくりちゃーん」

「人間より先に親玉と出会っちまったからな。物語が逆なんだよ」

 手持ち無沙汰に二つの黒球を使って片手で器用にお手玉を始める。放物線を描く二つの球をトーイが呆けたように眺めていたが、目が回ったのか眠気が来たのか、まぶたが重くなってきたようだった。

 部屋全体が眠気と微睡の中にあって、タジとアエリだけは明晰に、互いの言葉を分析しあっていた。

「……タジちゃん、本当に何者ちゃん?人間より先に、ってどういう事ちゃん?」

「気づいたらあの場所にいた。人の言葉を理解するドラゴンに出会った。ドラゴンは自らを神の眷属と称した。神の眷属は俺を餌と言った。それだけだ」

 嘘偽りのない言葉。アエリ村長はそれでもタジの言葉にいくばくかの嘘が無いか探るだろう。唇に拳を当てて真剣な顔で思料する。タジの方を一瞥し、さらに数瞬の黙考の後、言った。

「あの泉ちゃんは、生贄の禊を行なう場所ちゃんなの」

「なるほど」

「水浴びちゃんをして身を清め、そこでタジちゃんの言うドラゴン……領主ガルドに連れられる。禊の泉ちゃんは神の眷属と生贄の人間を繋ぐ祭壇ちゃんなのよ」

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