食人竜の村 25
「ちょっとテラスに上ってくる」
「あの」
はしごのある廊下奥に向かおうとするタジを、トーイが呼び止めた。
「なんだ」
「タジさんは……ドラゴンが現れたらどうなさるんですか?」
それをトーイが尋ねて何になる、と言いかけて止めた。トーイの表情にあるものは、心配以外の何物でもなかったからだ。ここでトーイに歩み寄り、その今にも震えそうな細い体を抱きしめてやれば、それでこの場にある問題は霧消するだろう。それをしなかったのは、気恥ずかしかったのもあるが、単純に時間が惜しかったから。
そういう言い訳を頭の中でこしらえて、タジは言った。
「戦って勝つ。単純なことだ」
「やっぱり、戦うんですね」
「トーイは、教会の中に隠れていればいい。行動に移したのは、俺だ」
それ以上は言わず、タジはテラスへと向かった。
テラスから望む村の姿は、水面に映る星空のようなまばらな明暗で満たされていた。方々にある篝火と、篝火の炎を反射する川の一筋が、逆に闇の色を濃くしている。夜目に慣れたと思ったタジでさえ、篝火の光が届かない場所はテラスからいくら目を凝らそうが見えなかった。
夜間外出禁止令が出たということは、少なくとも村に何かが起こることは確実だ。たとえドラゴンが森に住まうと言っても、村に訪れるからこそ外出を禁止する。だとしたら、見張るのは森ではなく村だ。タジはテラスから何かしらの痕跡も見逃すまいと、辛抱強く、ジッと村を見張っていた。
テラスに上ってから半刻も立たない頃、篝火が作る闇の中から、もそりと蠢く何かが大路に現れるのが見えた。
人間だ。
人間は二人組で、それぞれに両手で抱えるように荷物を持っている。かなり大きく、そして重たそうだ。片方は大きな頭陀袋に入れられ、もう片方は月光に照らされてその正体が浮かび上がった。
その正体は羊だった。
毛の刈り取られていない羊を両肩で支え、四本の足を両手で持って運んでいる。喉の辺りがやけに汚れており、だらりと垂れた頭からは舌が飛び出ていた。
「生贄……まさか!」
今すぐテラスから二人組の人間に飛びかかって事情を聞きたかったが、タジはグッと堪えて歯を食いしばりながら二人組の様子を見つめていた。
荷物を抱えた二人組は、川岸に作られた村中央の広場に至る。羊と頭陀袋を下ろして周囲をうかがうと、一刻も早くその場から立ち去ろうと一目散に走り出そうとした。
重心の移動は明らかに走り出すときのそれ。二人組は先ほど現れた闇の帳の中に戻っていくはず、だった。
二人組がその場にへたり込む。
何かが宙を舞ったのがタジには見えた。
それは、二人の自重を支えるそれぞれの足だった。
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