食人竜の村 24

 夜が訪れた。

 タジは教会の一室に泊めてもらうことになり、トーイは日が暮れる少し前に縫製の半分を終わらせてしまった。日没後に作業をすると手元が狂うので、服が完成するのは明日になりそうだとトーイは言った。夕暮れを過ぎると、教会の中は途端に闇の帳が降りてくる。

 日没を迎えたころにアエリ村長がやってきた。

「鐘を鳴らすのは、村長の仕事ちゃーん」

 トーイが小塔に登った時に珍しそうにしていた理由が分かった。本当なら鐘を鳴らすのもそこに住む修道女の仕事であるはずだ。しかし、トーイはその役割を与えられていない。それもまた、トーイがただの生贄でしかないことを証明しているように思われた。

 タジは現れた村長に何度質問を投げかけようとしたか分からない。

「なぜ、トーイにその仕事をさせないのか」

 きっと頭の良い村長のことだから、足の悪いトーイにはしごを登らせて足を踏み外すような怪我をさせるのは忍びないだとか、まだ村の様々なことに慣れていないので雑事は村長が引き受けているとか、もっともらしい理由を用意しているのだろう。

 それらに対して細かく指摘することに意味はない。それどころか害悪ですらあるとタジは考えていた。余計な疑いを蒔いて身動きが取れにくくなるのは得策ではなかった。

 トーイには無垢な羊を、タジ自身は無知な旅人を装っていればよい。

 弱者を装えば相手は油断し、事が自分の手の内でコントロールできていると思うだろう。そうして侮ってもらっていた方が、いまは良い。

 鐘の音が五回鳴り響くと、村長ははしごから降りてきた。

 炊事場から持ってきた質素な食事を二人でもそもそと食べているところに村長が顔を出す。二人の様子を見た村長はにこやかだった。二人の姿がまるで兄妹のように見えたのだという。

「それじゃあ、アタシも早く家に戻らなきゃだワ。夜間外出禁止を村長ちゃんだけが守らなかったー、なんて沽券ちゃんに関わるもの」

 村長の後ろ姿が外の篝火に照らされると、教会の扉は閉じられた。

 静まり返った村に、川のせせらぎと木々のざわめきが響く。ときおり、篝火の爆ぜる音が聞こえるが、それは薪が燃え尽きれば消えるだろう。後は雲一つない満天の星空に、引き絞られた弓のような形の月がわずかに地面を照らすのみだった。

 木窓から外の様子を眺めるタジに、炊事場へ白湯を沸かして戻ってきたトーイが話しかけた。

「そんなに外を睨んで、どうしたんですか?」

 机の上に陶器のジョッキを置く。白湯は湯気をたなびかせる。

「睨んでたか?」

「ええ。こーんなに眉を寄せて」

 木窓の外から入ってくる光でも、慣れれば人の表情も見えるようだ。トーイは人差し指を使って両眉を寄せるようにした。

「炭で書き入れたように眉間に皺が寄っていました」

「ただ夜目が利かなかっただけだ」

「そうですか?」

 タジが思っていたよりも、夜は明るいらしい。これなら何かが夜の無人の村を徘徊していても、見逃すということは無いだろう。小塔のテラス、鐘のある場所にいれば、村全体が見渡せる。さすがに小路全てが見通せるわけではないが、大路や広場に何かが起これば発見するのは造作もないことだった。

「何も起こらなければ、それが一番良いのですが」

「何も起こらないなんてことはあり得ないだろう。昨日の今日で夜間外出禁止、村長がドラゴンとの折衝を行っていなければ辻褄が合わないことだらけだ」

 村長の言葉は、今夜必ず何かが起こるということの裏返しでもあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る