食人竜の村 15

「トーイちゃんに仕立てて貰えちゃんなら問題ないわぁ。この子、足がちょっと悪いでしょう?代わりに細かい手仕事なんかはとても上手ちゃんなの」

 柏手をうつように胸の前で手を合わせ、万事解決とばかりにアエリが言った。さっぱりした表情をこちらに見せると、一段高くなっている教壇から降りた。

「そうか、それならよろしく頼む」

「任せてください。立派な体格に合った立派な服を作りますよ」

「それと、アエリ……村長」

「なにちゃん?」

 教会を出ようとするその背中にタジが声をかける。

「後で色々話したいことがあるんだが、用事はいつごろ終わりそうだ?」

「あ、今日はちょっと夜まで雑務が立て込みちゃんなの。それと今日は夜間外出禁止の日だから、タジちゃんも約束を守ってね。村の掟は絶対ちゃん、クアドールを飲んだらみんな仲間ちゃーん」

「今夜は外出禁止なんですか?」

 驚いたのはトーイだった。

「そう。だから、今日のうちに縫っちゃうのが効率良しこちゃんね」

 バイバイ、と片手を振ってアエリは教会から出て行った。

「トーイは今夜が外出禁止だということを知らされていなかったのか?」

 ジョッキを渡してタジが聞く。

「そうですね……今日初めて聞きました」

「そんな馬鹿な。小さな集落とは言え村だぞ?村長の鶴の一声で夜間の外出が禁止されるなんてあり得ない。突然言われたとして、酒場や宿屋はどうする?一夜の稼ぎがその店の明暗を分ける場合もあるだろうし、旅人が突然やってきたときにはどう対応するというんだ。まさか先ほどのように誰もが家の中で静まっている訳にもいかないだろう?大体……」

「タジさん」

 独り言のように語るタジの言葉を遮って、トーイはタジの体に触った。

「とりあえず、タジさんの服を作りましょう。外出禁止になる前に、布と糸を調達しないと。ここにはタジさんが着ているような鮮やかな色の布はありませんが、この布も、とても着心地が良いんですよ」

 トーイはタジの胸に抱きつく。お姫様抱っこをしていた時とは別の、女性らしいふくらみがタジの胸板に押しつけられた。

「おっ、おい!いきなり何を」

「動かないでください」

 タジに抱きついたトーイの体は、少し震えている。押し当てられた胸から、互いの心臓の鼓動が分かってしまうのではないか、と思うほどの密着。タジの背中に回されたトーイの両腕が、徐々に下がっていく。同時に、トーイの体も徐々に下がっていった。

 もしかしたら、トーイは不安なのかもしれない、とタジは思った。

 村に帰ってきたときの様子は、明らかに普段のそれとは異なっていた。アエリ村長は良い村長なのかもしれないが、彼が現れてから、このニエの村の状況は少なくとも普段通りではないということがどんどん浮き彫りになっている。村に人影がなかったのも、今夜の外出が禁止されているのも、日常ではないのだ。

 異常な村の現状を目の当たりにして、一人気丈にしていられるには、彼女の体は逞しくないのかもしれない。だとしたら、足の悪さを理由にして抱きつかれることくらい何てことは無い、とタジは思う。

「トーイ……」

 トーイは少しずつ体を屈めて、今やタジの腹に抱きついている。それ以上は健全な男女の付き合いの一線を越えてしまう。しかしそれがトーイの望むことなら……。

 タジがジーンズに手をかけたその時、不意にトーイが立ち上がった。

 その行動があまりに不意だったので下を向いていたタジの鼻にトーイの頭が強かにぶつかった。

「ぶべっ!」

「あ痛ッ!……もう、何をやっているんですかタジさん!!」

 鼻を押さえるタジをトーイが恨めしそうに睨んだ。

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