食人竜の村 08

 小鳥は握った拳をついばんで、それからおもむろに毛づくろいを始めた。

「……!」

 二人は顔を見合わせる。沈黙。タジは動けないでいた。拳にとまる小鳥の爪がむず痒く感じられる。ついばまれたときは思わず手を下ろしそうになったが、その手を下ろして小鳥に逃げられると、目の前の少女もまた金輪際自分の下へは帰ってこないような気がして、必死に押しとどめた。

 トーイは呼吸を忘れて固まったタジの顔と拳にとまった小鳥とを交互に見て、それから小鳥に向かって手を伸ばした。

 危機を察して小鳥は逃げ去り、そこにはまだ微妙な距離の残る二人があった。ほんの少しの沈黙。再び顔を見合わせる二人。

「プフッ……アハハハハ」

 トーイは耐えきれない、といった様子で亀裂から空気が漏れだすように笑い始めた。タジの拳に伸ばしかけた手を自分の腹にあてて、体を丸めるようにして笑っている。何がそんなに楽しいのかタジには今一つ理解できなかったが、それが彼女の緊張を掃うのであれば、しばらくそのままでおいてもよいと思った。

「あー……面白かった」

 目尻に涙を滲ませていた。泣くほど笑うトーイは無邪気そのもので、先ほどまでの妙な肩肘張った調子とは別人のように感じられる。

「さっきの小鳥の名前、知っているかしら?」

「知らないなぁ……教えてくれるかい?」

 どこにでもいるスズメに近い鳥のように見えた。掌に収まるくらいの大きさで、模様に特徴もなく、地味な鳥という言葉を形にしたらこんな姿になるだろう、という感じだった。

「この辺りではオビエって呼ばれているの。長くて青白い尻尾が特徴で、それが冷たく見えるから『尾冷え』らしいんだけど、他の生き物の敵意に敏感でほとんどの場合群れで行動するし、人間に近寄られると逃げていくの。だから『怯え』鳥ってみんな思ってる」

 トーイが空を見上げるのにつられて、タジも空を見た。大木で囲まれた真っ青な空をごま粒ほどの鳥の群れが同じ方向に飛んでいる。

「あの群れの中の一羽だったのかしら」

「だとしたら、ずいぶん高いところから降りてきたもんだ」

「あなたの言っていることを信じることはできませんが、あなたに害はないと思います」

 タジがトーイの方を見ると、トーイは空を見続けていた。

「今はそれでいいよ。俺がどういう人なのかは、トーイが決めればいい」

「私が決めればいい……ですか」

 空を見上げながらあごに手を当てて、少し首をひねる。

「とりあえず、報告のために村に戻りたいと思います。タジさんも、一緒に来ていただけますか?」

「もちろん」

 俺も、この世界についてもっと知りたいことがあるんだ。という言葉を飲み込んで、タジは答えた。

「では、私についてきてください。少し遠いですが、下りなのですぐにニエの村に着くでしょう」

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