東雲堂物語

天野 湊

プロローグ

 東雲堂、それはこの雁野町が遠い昔に城下町だった頃の面影を残した旧市街の一角にある、小さくて古びた骨董屋である。他の骨董屋が二の足を踏むような事情(ワケ)ありの古いモノたちを、ちょっと風変わりな若い店主が扱っている。

 「じゃ……その文箱のことを頼むよ」

 「ええ。それではお気をつけて」

 古びた風呂敷包みを幾許かの紙幣と引き換えに、紳士風の男は逃げるように店を出ていった。紳士の背中を商売人ならではの人懐っこい笑顔で見送り、若い男はすっと目を細めて風呂敷を見ながら、ぼそりとこう呟いた。

 「やれやれ……お前さんはただ自分の仕事を全うしたいだけなのにね」

 すると、店主の言葉に「その通り」、と言わんばかりに風呂敷の中から「カタカタ」と震える音が返ってくる。店主はその音に先程の商売人の愛想笑いとは比べ物にならないほどの慈愛に満ちた笑みを浮かべ、そっと風呂敷に呼びかけた。

 「大丈夫。お前さんのことをちゃんと理解ってくれるご主人を私が探してあげるから。安心しな」

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