十九話 生きる意味と救済

 どこかで聞いたような、ありきたりなセリフだ。だがあいにく俺は、これより格好いい言葉は持ち合わせていない。だから、これから言うことが精一杯のことだ。


「俺がお前を求めてやる。俺の事が気に入らなかったら、また殺しに来い。いつだって受けて立ってやる。俺といつでも一緒にいたいのなら、そうすれば良い。どうだ? これなら、生きる意味になれるだろ? お前が生きる、最低限の理由が。」


「少年……!」


 俺が言い終わるやいなや、俺の胸に顔を埋め、泣き出すリグリア。今までため込んでいたものが、一気に爆発するように。ダムのせき止めが決壊するように。彼女はひたすら泣いていた。


 ひとしきり泣き終え、落ち着いた頃に、重要なことを思い出す。


「少年じゃなくて、レージだ。」


 それを言うと、リグリアは胸から顔を上げた。そして、嬉しそうでありながら、少々不満そうな顔で言う。


「わかっている……。ありがとう。私の生きる意味になってくれて。」


 言い終わると、恥ずかしそうにしてまた顔を埋める。全く、精神はまだまだ子供のようだ。


 くっ! 俺の母性がこの子の頭をなでろと言っているっ! ぐああ! 手が、勝手に! というような心の中の葛藤もむなしく、俺は彼女の頭をなでる。それに反応して、俺を抱きしめる強さが強くなった。


 これは、そこかで感じたことのある痛み……。おなかを締め付けるこの痛みは確か……。あ! これもリベリアと同じだ。ここまでリベリアと同じところがあると、なんだか怪しくなってくるな。


 ここで大事なことを思い出した。


「……! お前、リベリアはどうしたんだ!?」


 質問の、『リベリア』という単語の時に、体がぴくんと動いたのが感じられた。


「リベリアは……その……。わ、私だ。」


「……は?」


 反射的に低めの声が出てしまった。


 どういうことだ!? 何? リグリアがリベリアで、リベリアがリグリアって事? は? 何それ、どういうこと?


 理解に苦しみます。ってか、意味がわからないんだが。何がどうなってそうなったの? ねえ? ねえ!?


 久しぶりに全く理解の出来ないことに直面し、非常に混乱する。出た結論は、『リベリアは……その……。わ、私だ。』。は? 何それおいしいの? だった。近年まれに見るこの破綻した考え。自分でも呆れていると、リグリアが続けるように言った。


「えと、その……。リベリアは、私の明るい部分の感情でだな……。私は暗い部分の感情みたいなものだ。うん。」


 いやいやいやいや、勝手に自分で納得されても……ねえ?


 第一、何それ。そんな二重人格みたいな事起きるものなの? その二つの感情合わさったらどうなっちゃうの? 名前教えて欲しいわぁ。


 一回ぶっ壊れた思考回路は戻らないらしい。貴重な体験が出来た。うん。そういうことにしとこう。


 そんなふうに考えていたら、後ろからルルさんの声が聞こえた。


「おーい! 無事なのー? 無事なら返事してー!」


 ルルさんは、イニーツィオの正門近くに立っていた。何で自分から確認しに来ないんだか。心の中で愚痴りながらも、その呼びかけに答える。


「はーい! 無事ですー!」


 遠くて見えないが、おそらく伝わっただろう。まあ、これで一件落着……じゃない! 二つ心配なことがあるな。


 リベリアの容姿と、タケミカヅチのことだ。一つ目の奴は後回しだとして、後者はとても重要だ。


「リベリア、立てるか?」


「あ、ああ。どうしたんだ? 急に。」


「いや、ちょっと色々あってな。走れるか?」


「もちろん!」


 思っていなかった答えが返ってきて、驚いた。だが、すぐに走り出す。


 リベリアと並んで走るのはモンスターの一件以来か。あのときは大変だったな……。思い出すだけで溜息をついてしまう。そんなくだらないことを考えながら走る。


 息が上がって、そろそろ走れなくなる辺りで、やっとギルドに付いた。途中でルルさんと合流しようと思っていたが、いなくなっていたのでわざわざ本拠地に来たのだ。本人に直接聞くしかない。


「タケミカヅチ!」


 ドアを勢いよく開けて、タケミカヅチがいるであろう鑑定の間に入る。勘は当たっていたようだ。中にいた男は、おや、と少し驚いている。リベリアから聞いた話を問いただすと、笑い始めた。


「はっはっは……。何でわざわざここまで来たんだい? その話の真実は全て、リベリアが知っていただろうに。まあ、すまなかったね。では、このギルドから君たちの名前は消させてもらおう。これがギルドマスターとしての、僕ができる最大の謝罪だ。」


「いや、それはいい。」


「なんでだい?」


「それは、リベリアと……離れてしまうからだ。」


「少年……!」


 キラキラとした視線をこちらに送ってくるリベリア。はあ、なんだか感じたことのある感覚だ。


 恋とかそんなものでは無い。実際、遠くにいることでやりにくいことだってあるだろう。しかも、あんなことを言っておいて離れるなんて、人でなしにも程があるってもんだ。


「謝罪の内容をこちらで決めさせてもらう。話はまた後日だ。」


 そう言って俺は、すぐに部屋を出た。俺にも考えが無いわけでは無い。自分に有利なことがあるのなら、最大限に利用するまでだ。しかも、今更このギルドをやめてどこに行けって言うんだか。


 さて、これからどんなことが起こるかな? まあ、どんなことがあったっていいさ。おれは、一人じゃ無いから。俺は英雄のゼロと一緒にあるから。あのときおっさんが言ってくれたあの言葉。絶対に忘れない。



 ――俺の意志を継いでくれ。何があっても仲間を守れ。それがお前がここに来た理由だ。そして、俺が引きつけられた理由だ。お前なら何でもできる。自信を持て。そして絶対に、何が何でも仲間を守るんだ。――



 これから俺の新しい冒険が始まるんだ! やってやろうぜ、ゼロ!

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