答え、応え

 それは突然のことだった。

 部屋の扉がものすごい勢いで開く。

 壁と扉の激しくぶつかる音が、静寂な部屋の中に響いた。


 雪人は驚いて目を開けた。体を起こし、扉の方を見る。


 扉のところにはナツが居た。


(へ……?)


 雪人はぽかんと口を開けていた。自分見ている景色が信じられなかった。もしかしたら夢なのかもしれない。


 頬をつねってみた。が、ジンジンと痛むだけだった。


 そうこうしているうちに、ナツは部屋の中に入って来ていた。

 ナツは雪人のベッドの横に立ち、仁王立ちで見下ろした。


「私が来た理由、わかるわよね?」


 からかうように言うナツ。


「ええっと……」


 雪人は口ごもる。


「あなたが望んでいることなのに?」

「えっ」


 雪人は候補を探した。だが何も見つからない。

 ナツは呆れたように言う。


「あなたの言葉にちゃんと答えを返すためよ」

「答え……?」


 雪人は腑抜けた声で言う。

 ナツは雪人の顔を覗き込む。


「あら、聞きたくなかった?」


 雪人は慌てて首を振る。


「そう、良かった」


 微笑むとナツは、ベッドの縁に腰を掛け、窓に映る月を眺める。

 そして静かに語り始めた。


「私、考えたの。あなたの言葉の意味を」


 しかしナツは首を振る。


「いいえ、それは違うわね。ただ、あなたの言葉の意味を捏ねくり回してただけよ。何か別の意味に取れないかって。でもそれは無駄よ。なんせその言葉は一つの文字通りの意味でしかないんですもの」


 彼女は雪人の方へ顔を向ける。


「最初から問は決まってたのよね。なら私もしっかり答えを返さなくっちゃ」


 ナツはそう笑顔で言った。


 雪人の心拍数が無意識農地に上がる。


「あなたへの応えは……」


 雪人はつばをゴクリと飲む。

 彼は肯定を意味する言葉が次に続くのを、心の中で願った。


 だからその望み通りの言葉が出たとき、雪人の目からは勝手に涙が流れ出ていた。

 「イエスよ」、という声が聞こえたのだ。


「男のくせにみっともないわね」


 ナツはポケットからハンカチを取り出し、雪人に差し出す。それは白い無地のものだった。


「ありがとう」


 雪人はそれを受け取り、涙を拭いた。


「お礼なんていらないわ。そんなみっともない顔だと、私が心苦しいもの」

「違うよナツ。俺がお礼を言ったのはハンカチを貸してくれたことじゃない」

「え……? なら何よ?」

「ナツが俺の思い通りの応えにしてくれてってことさ」

「えっ?」


 何気なく言ったつもりだが、雪人はナツの顔がだんだん紅くなっているのに気づいた。

 ナツはつと立ち上がり、雪人に背を向けながら言う。


「いっ、良いのよ。どうせそれは私が決めたことなんだし、それにあなたも望んでたんだから」


 焦って言うナツ。


「それでも俺はありがたいと思うよ」

「そっ、そう。ならもう行くわ。あなたが喜んでくれたなら私も嬉しいから。じゃあねっ」


 そう言うとナツはそそくさと立ち上がり、部屋から出て行った。

 呼び止めようともしたが、やめておいた。

 

 雪人は起こした上半身を、ボフッという音とともにベッドへ倒れこませる。枕は少し冷たかったが、気にはならなかった。

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