胡蝶の歌
宇木沢 夏目
プロローグ
けたたましい汽笛が寂しげな夜の駅の構内に響く。
と同時に、
車内には寂しげなモーター音が静かに響いていた。
冴え渡るような闇の中、四両編成の列車は一両に二、三人というごく僅かな客を載せて進んでいく。
最終列車。田舎を走るこの列車は夜まで明るい都会とは違い、人の息遣いの消えた土地を走っていた。
時折、踏切を通過すると、赤い光が闇の中に光った。だがそれ以外は、外は見渡す限りの真っ暗な世界だった。家の明かりも、月明かりもない。完全な闇が夜を支配している。
(少し遠くまで来過ぎたかもしれない)
雪人は車窓を見ながら思う。
高校生活最後の夏休み。受験勉強の波に疲れ果て、彼は塾からの帰り道に家とは逆方向の列車に乗った。
乗ったときから、これが考えなしの行動だということは重々承知だった。所持金は四千円。これでは宿にも泊まれない。
出来心から起こした一夜だけの逃避行。だがそのツケは、冷静になった今から考えればあまりにも重かった。
(母さん心配してるよな……連絡だけでも入れておこうか)
雪人はそう思い、バックの中の携帯を探る。
しかし取り出した携帯電話は、電波が一本と圏外の間を行き来するばかりで、しっかりと繋がりそうもなかった。連絡を取ろうにもこれでは取れない。
列車はトンネルへと入る。メトロノームのように規則正しく鳴っていたジョイント音は、耳元を風が吹き抜けるような音に変わった。
車掌の声が車内に響く。
「次はー、豊村、豊村でーす」
独特の鼻声だった。
列車は徐々に速度を落としていっく。
トンネルから出ると、列車は橋を渡った。橋の上からは、右前方に、夜の海に浮かぶ漁船のように駅のホームが見える。
やがて列車は甲高いブレーキ音が響かせ、駅へと滑り込んでいく。
列車が完全に止まると、炭酸ジュースの缶を開けるような音がし、間髪入れずに、勢いよく列車の扉が戸袋へと吸い込まれた。旧型のこの車両は、最新型の車両のように、電子音を響かせながら静かに行儀よく扉を開くことはできないのだ。
駅には誰も人の姿はなく、列車からも誰も降りる人はいなかった。
程なくして列車は扉を閉め、再び加速を始めた。すぐにまたトンネルへと入り、二分ほどして抜けた。
トンネルを出た列車は山の腹を蛇のように左右にくねりながら勾配を降りていく。勾配が終わると長い橋を渡り、盆地へと出た。
盆地は大半が畑か田んぼの耕作地のようで、その中央に申し訳程度に街があるだけだった。
――キキキキキキー。
突然、列車はひどく激しいブレーキ音を響かせ、急激に速度を落とす。
座席に座っていた雪人もあまりの勢いに前に投げ出されそうになった。
何事かと雪人はあたりを見回す。同じ車両にいたごく僅かの乗客も同じようにしていた。
すると車両前方から、爆音のような耳を劈く音が聞こえた。
雪人は驚いて車両の先頭の方を見た。だが何も変化がない。
(地震か?)
そう思ったときだった。突如、パニック映画のワンシーンのように、対向列車が彼の乗る列車の側面を豪快に抉りながら雪人に迫ってきていた。
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