第10話 血塗れの結婚

 はい、来ましたよ。この日が……。

「なんかさぁ、全然落ち着かないんだけど……」

 真っ白なドレスを着込み、コルセットの紐をギューギュー引っ張っているマリーに言った。

「それはそうでしょ。落ち着いていたら逆に怖い」

 仕上がったのか、ポンと体を叩き、マリーが小さく笑った。

「はぁ、いよいよか。さらば、独身!!」

 気合いを入れ、私は部屋から出た。式は城内の礼拝堂で行い、そのあとバルコニーで国民にお披露目という段取りだ。

 臨時で設けられた控え室には、先にマルスが入っていた。

「あーあ、緊張しちゃってまぁ……」

 まるで張り付いたかのような表情のマルスを見て、私は思わず笑ってしまった。

「そ、そりゃ緊張するよ。ミモザは兵器なの?」

「平気なわけないでしょ。あなた、緊張しすぎて誤字ってるし兵器じゃなくて平気。イントネーションが違うわよ」

などとやっていると、時間が来たらしい。礼服を着た誰かが呼びに来た。

「よし!!」

 もう一回気合いを入れて、マルスを引きずるようにして引っ張りだし、二人揃って扉が開くのを待つ。いよいよだ。ガコンと扉が開くと……中はガラガラだった。

 散発的な拍手に迎え入れられ、式次第が進行していく。そして、今度こそ上手くいった誓いのキスの瞬間には、会場内には誰もいなくなっていた。

 私とて馬鹿ではない。さすがにこれは明確な意思表示。そう、この国にとって、私は招かざる客なのだ。マルスのお父さんとお母さん……失礼、国王様と王妃様が必死にフォローしてくれるが、それがよけいに痛い。大丈夫。こういうの慣れているからさ。

 式はプログラムを大幅に短縮して終わり、予定通りバルコニーへ……あーやっぱり……。

 手を振ってはみたがもちろん歓声などはなく、誰かが発端になって大ブーイングの嵐になった。やれやれ、これだから人間は……。

 ここに来て、隣のマルスがぶち切れた。とても記せないような、下品極まりない罵声を浴びせてしまったのだ。馬鹿、逆効果だ!!

 案の定、ブーイングの群れはヒートアップし、しまいにはどこからともなく矢まで飛んでくる始末に発展した。

 危険だからとマルスは引っ込んだが、私はバルコニーに立ち続けた。こいつら、見てやがれと。完全アウェー。燃えるじゃないの。誰が引っ込んでやるか!!

 何本か矢が命中したが、致命傷ではない。その矢を引っこ抜いて投げ返し、あくまで笑顔で私は手を振り続けたのだった。


 自分の部屋に戻った私は、無言のままマリーに着替えを手伝ってもらっていた。少々怪我はしたが、マリーの魔法で治療してもらって完了である。

「えっと、あの……」

 こそっとマリーが声を掛けてきた。

「あ、ああ、このくらい予想済みよ。異種族が他種族の社会に溶け込むって大変なのよ。私たちエルフの歴史を見たって、その苦労がよく分かるもの。それが、例え王族であろうともね」

 そう、想定はしていた。その中の一番悪いやつに当たった。ただそれだけだ。

「……無理しないでよ」

 別に無理はしていない。矢まで飛んできたのは、さすがに想定外だったけどね。

「私にはマリーたちもいるし、マルスもいる。それで十分だって。いきなり、欲張っちゃダメなんだな」

 思わず苦笑してしまった。やれやれだよ。全く。

 血染めのドレスを脱ぎ捨て部屋着に着替えると、いきなりマリーが抱きついてきた。

 おぉ!?

「ごめん、こんな国じゃないの。本当は違うの。みんな穏やかだし……だから……」

 ……いや、泣くなよ。泣くならこっちじゃね?

「だから、さっきも言ったけど、異種族が溶け込むのは難しいのよ。年単位で掛かるものだしね。いちいち落ち込んでいたら、身が持たないわよ」

 私はそっとマリーの頭を撫でた。はぁ、また面倒な……。

「これがきっかけで、故郷に帰ったりしないよね?」

「残念。マルスと正式に結婚しちゃったから、もう故郷には帰れないんだな。エルフの掟って結構厳しいのよ」

 さてと……。

「少し休むわ。朝早かったからね。そっちのソファでも行ってダラダラしよっか?」

「はい」

 私も妙に懐かれたものだ。はぁ。


「だから、落ち着きなさいってば!!」

 嫌な予感がして、やたらと遠いマルスの部屋に行ったら、彼はやっぱり荒れていた。ったく、ガキねぇ。

「お父様に全員重罪にしてもらう。そのくらいの事はされた!!」

「アホ、よけい立場が悪くなるって!!」

 はぁ……これで、重罪なんかにしてみろ。もっと面倒な事になる。

「でも……」

「ええい、やかましい!!」

 滅多にやらんが、私は思いきり怒鳴った。マルスに対しては初めてだろう。全身をビクッとさせて動きが止まった。

「いつまでもグダグダ言ってるんじゃねぇ、このクソガキ。てめぇも王族なら、ちったぁ立場考えろこの(ピー)。ガキだからって、何でも許されると思ってんじゃねぇ!!」

 部屋の空気が固まった。

「マリー、行くよ。こんなのが旦那なんて、もうやってられないわ!!」

 マリーを引き連れ、わざとドアを思い切り閉め、私はペロっと舌を出した。

「どう? たまにやると効くんだな。これが」

「……姐と呼ばせて下さい」

 私たちは本当に自分の部屋に戻った。まあ、せいぜいマルスには頭を冷やしてもらおう。

「それにしても、これがきっかけで、妙な事にならなきゃいいけどね……」

 その予感は、さっそく夜に命中した。


「あれ、さすがに薬が効きすぎたかな?」

 夕食の時間になっても、マルスは食堂に下りてこなかった。

 侍女と並んで食事……というのは、王宮ではあり得ない。マリーが後ろに控える中、まずは前菜……ん?

 フォークで一切れ取り、口ではなく鼻に向けて運ぶ。ははぁ、そう来たか。

「この城では、隠し味に『ヒロキシトロシン』を使うのね。変わってるわ」

 狩猟によく使う神経毒だ。とても致死量が高い事で知られている。

「えっ?」

 マリーが声を上げ、私のフォークをひったくった。瞬時に顔色が変わった。

「あと、ワインは『クロルエタシン』。やりますなぁ」

 これも猛毒である。やれやれ、どうしても殺したかったらしい。

「マリー、悪いけど弁当かなんか買ってきて。刺激的過ぎて、私の口には合わないわ」

 ……ふん、こういうことも想定内ではある。ちょっと早かったが。

「すぐ行ってきます!!」

 さささっとマリーが姿を消し、私はそそくさと自分の部屋に戻ったのだった。

 さて、徹底的に嫌われてやりましょうか。気の済むまでやれば諦めるでしょう。

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