ep.17 自慢の○○
「桜庭。――余計なことは言うなよ」
「余計なこと?」
「しっ」
飯倉さんが、あたしを睨む。
「オーダーをとるだけだぞ。いいな」
「了解でーす」
えっ、何? 逆に、オーダーをとる以外の何があるというんですか?
店の奥の方の席に座ると、二人はコーヒーを注文した。飯倉さんは、相変わらずそわそわしている。
不意に、女の子がノートとシャーペンを取り出す。少し、緊張した面持ち。一方、男性は余裕のある表情でペラペラと何かを語っている。少し遠くにいるから、はっきりと聞き取ることは出来ない。だけど、何を話しているのかは、分かる。――OB訪問だ、これ。
きっと、女の子は大学生で、男性はどっかの会社の新入社員。一生懸命メモを取りながら話を聞いている。意識高い、偉い。
「……あれ、就活の何かか」
「そうっぽいですね。――それが何か?」
「いや、それならよかった」
何を安心しているのだろう。訳のわからない言動を繰り返す飯倉さんをあしらいつつ、あたしは首をかしげる。――それにしても、見たことあるんだよなあ、あの女の子。
長い髪がさらりと揺れる。なんだか、触りたくなるような――
そして、横顔が窺える。片方だけ見えた、目。
バイトの後輩くんの彼女。しばらく会っていなかったから、全然分からなかった。
「やだー、飯倉さん、ゲスな勘違い」
「いや、ほんとビビったわ」
男性と二人きり。……勘違いするのも、分かるけどね。
「それはそうとさ、桜庭」
不意に、飯倉さんがあたしの方に向き直る。
「進路とか……まあ、色々と悩みごとはあると思うけど、普通に相談くらいなら乗らないでもないから。ほら、一応バイト先の上司なんで」
「ああ、ありがとうございます」
「お礼言うだけ言って、全然人のこと頼ろうとしない性格なのはなんとなく知ってるけど」
長年同じ場所でバイトやってると、大体の行動パターンや性格を把握されてしまうらしい。……辞めるか、ここ。まあ、大学卒業したら嫌でも辞めるんだけどね。
「自分の人生、自分で決断しないと、上手くいかなかったときに人のせいにしてしまうんで」
あたしは、あたしが決めた道を行く。今だって、
「……そっか」
「それに板倉さん。あんまり二人でいちゃつくと……ね。いろんな人に勘違いされちゃいますよ」
「……」
「それとも、いっそ、勘違いされたいとか?」
「そんなわけ」
板倉さんが頬を赤くしてあたしを睨み付けた時、お疲れさまでーす、と声がした。
「……ああ、田口くん」
そういえば、あの二人は? 気になって辺りを見回したけれど、後輩くんの彼女さん&新入社員さんのペアは既に店を出ていた。いつの間に。
「本当に、余計なことは言うなよ」
それだけ耳打ちすると、板倉さんは店の奥に入ってしまった。からかいすぎたか。
後輩くんは、虚空を見つめ、ほうっと息をついた。
「どうしたの?」
「……何でもないですよ!」
いつもの、にっとした笑顔。
――後輩よ。お前の彼女さんは、結構頑張ってるぞ。未来のこと、しっかりと考えている。自慢できる彼女さんで、本当に良かったね。
あたしは、誰かの「自慢の○○」になれるのだろうか。
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