ep.5 ゆるまきセミロングの罠


 チャイムが鳴り、昼休みになる。


「このあと授業は」

「さ、三限は空きコマだね……じゃなくて、空きコマです」


 学科の後輩に向かって敬語を話す不自然さよ。


「じゃあそんなに急がないか。どこか食べに行きたいとこある?」


 なんでふたりで食べることが決まってんのー。


「やっぱ安いし……学食が良いです」


 本当はバイト先のカフェでクリームパスタランチが食べたい気分。だけど初めて会った人と大学の外に出るのはなんか嫌。ましてやバイト先なんて。


「そっか。じゃあ行こっか」

「はいっ」


 ゆるまきセミロングの髪を揺らして微笑んでみる。まあ、全部「ごっこ」ですから。これはキラキラキャンパスライフごっこ。そこであたしは一女ごっこをし、その上でイケメンにナンパされてからのデートもどきごっこをするの。


 ふたりで並んで銀杏並木(銀杏が落ちてて現在進行形でめちゃくちゃ臭い)の一本道を歩く。


 大学って、こんなにたくさん人がいたんだ。一学年何千人も在籍しているのだから当たり前の話なんだけれど、大学でお昼を過ごすのは週に一度だけ、ゼミの部屋でちまちまとコンビニ弁当を食べるだけのあたしにとって新鮮な発見だったりする。


 学園祭実行委員が法被を着て広報活動を行っている。学祭本部のテントは既に設置されていて、その準備の良さに感心する。学内生用のパンフレットが配られている。みんな、どこか興奮したような面持ちで受け取っていく。


 そんな風景は、あたしにとってちょっと明るすぎる。だってあたし、モグラみたいなもんなんだよ。ずっと土の中に潜って生活している。そんなやつがいきなりこんなキラキラした世界に出てきてみなよ。目ん玉、潰れんじゃん。――


「……あ」


 そんな中、目の前に背の高い誰かさんが現れて小さく驚きの声を漏らしたとき、どういうわけかあたしは「助かった」と感じてしまった。


「先輩?……なんで、こんなところに」

「ゆりちゃん?知り合い?」


 イケメンくんがあたしの顔を覗きこむ。お、これ、地味に詰んでるぞ。あたしはあくまで一女設定。何が「先輩」だよ。


 だけど。


「あー、崎田くん」


 お久しぶり、と手を振った。


「あのね。この子、私のサークルの後輩」

「……後輩?どゆこと」

「そ。後輩」


 やっぱりあたしに嘘は向いていない。どんなに小柄で童顔だからって、あたしは一女じゃないし、キラキラしたJDにはなれないんだ。たぶんこういうハデ系のイケメンくんはあたしにはもったいないし、何よりあたし自身、チャラい男子は苦手。


「騙してごめんっ。実はあたし、『シカバネ』なの」

「シカバネ?」


 首をかしげるイケメンくんをよそにあたしは崎田くんに向き直る。


「あたし、やっぱ今日はパスタの気分なのよね」

「……はあ、そっすか」

「昼食は?」

「まだです」

「奢るっつったら、ついて来てくれたりする?780円ランチ」

「それは……奢られたい……です」


 ランチセットで釣れちゃった、イケメンだけどちょっと素朴な彼の横に歩み寄る。


「『シカバネ』ってね。――四女の別称!」


 クッソ痛い。四女が一女のふりしてモテ系男子に釣られに行ったなんてめちゃくちゃ痛い。だけどやってみたかったんだ、仕方なかったんだ。まあ、種明かしは必要だ、だから今あたしは指を四本立ててニコニコ微笑んでいる。


「崎田くん。カフェ、混んじゃう。行こう」


 二人に背を向けて歩き出す。少し遅れて崎田くんがとととっ、と付いてきた。


 大学の皆さん、ごめんなさい。最初に謝っておきます。あたしはこれから好きなようにやってみる。今日のイケメンくんを筆頭に、きっと何人かはあたしに巻き込まれて迷惑する。


 皆のような「キラキラ」JDにはたぶんなれない。だけどあたしはあたしで自分のやり方で自分らしく「ギラギラ」していく所存。




 手始めに今日は今一番好みのイケメン・崎田くんをとりあえずカフェデートに誘っちゃいました。

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