第13話 大変身!?

 この2日間は本当に最悪だったなぁーと、クリスティーナは自室のベッドの上でしみじみと思った。



 王宮に泊まった翌日、朝目が覚めると客室の目の前には庭が広がっていた。雪は溶け始めていたが、その下からは雪と同じ様に真白なユキシラ花が姿を現し始めており、クリスティーナがシャーロットが借してくれたドレスなどに着替えたりと準備をしている間に積もっていた雪は溶け、目の前に広がる庭一面にその花が広がっていることが分かった。

 恐らくこの庭こそがシャーロットが話していた『冬の庭園』なのだろうとクリスティーナは思った。

 そして客室から庭園に出る事が出来る様な作りのバルコニーだったので、テレサが止めるのにも関わらず庭に出た。

 そうして暫く庭園を眺めたり、しゃがんで花を見たりしているとどこからとも無く現れた3番目の兄、エドワルドに客室まで引っ張っていかれてしまった。

 何故かお説教付きで……。

 そして部屋に戻ってからはテレサからもこってり絞られた。

 実際、兄からのお説教よりこちらの方がクリスティーナは何倍も辛い。幼い頃から一緒にいる分、テレサはクリスティーナをどう怒れば一番効果があるのか等、知り尽くしている為厄介なのだ。


 そうこうしていると今度はまた国王夫妻からの朝食のお誘いがあり、夕食の時と同様の部屋で頂いた。

 勿論席も夕食の時と同じ並びになっている。

 とりあえずこの場を切り抜ける事だけ考えて食事に臨んではいたものの、やけに右隣からの視線を感じた。

 視線に耐えかねその先を見返すと、王太子殿下が怪訝な表情でこちらを見ていた。

「何かございますか…?」

 そうクリスティーナが問えば、「いや…」と言い視線を逸らす。

 何なのだと思いながら食事に戻ればまた同じく視線を感じ…といった様に、少なくともその一連のやり取りを10回は繰り返したのではないだろうか…。

 さすがに最後頃になると、聞き返す気力もなく見られるがままになっていたのは言うまでもない。そしてその間中王太子殿下の近くに控えていた兄が不機嫌だったのは何故だろうか。


 朝食後は暫くシャルの部屋で話をして過ごしていたが、お昼前には次兄であるオルフェンシアが迎えに来たので王宮を辞した。

 しかし、そこでクリスティーナが休めたという事はない。

 親なら娘が王宮で粗相などしなかったかとか気にするものなのかもしれないが、何故か邸にいたお母様からはゆっくり休む様にとしか言われず、その後何故か出仕もせず家で待ち構えていた長兄のアレキサンドリアとオルフェンシアから事細かく王宮で何があったのか、どのような会話をしたのか誰と会話をしたのかを聞かれる事になった。

 いくら妹が心配だったにしては大袈裟だろうと思い、クリスティーナは兄2人にやんわりと意見を伝えてはみたのだが、満面の笑みで却下されてしまった。しかももの凄く兄達の醸し出す雰囲気が怖かった……。


 兄たちからの3時間にも及ぶ質問攻撃、もとい事情聴取を無事終えた頃にはすっかり日が暮れており夕飯の時間になっていた…。

 クリスティーナはあまりにも疲れた為、結局夕飯は取らずに自室に戻るとベッドに倒れこむ様にして眠ってしまった。そして目が覚めた今朝は、淑女とは何たるかをこんこんと説明を受け、テレサから再びお説教を受けた…。


(せめて着替えて眠るんだった……)


 そして現在は自室のソファーに寝そべり呆っとして過ごしている。

まだ疲れが抜けず、なにもやる気になれないのだ。

「クリスティーナ様、いい加減起きて下さいませ。もうお昼にもなろうかという時間ですのにこの様な格好で…。はしたないですよ!」

「んー、分かってはいるのだけど…、もう少しだけ」

 クリスティーナはクッションで顔を隠すようにして、テレサの視線から逃れる。

 暫くそうしていると、誰かがドアをノックする音が聞こえた。

 主人であるクリスティーナに代わり、テレサが入室の許可を出す。

 その後テレサが入室してきた者と二言、三言交わすと相手は退室していった。

「クリスティーナ様、シャーロット王女殿下からお手紙が届きましたよ。そろそろ起きましょう?」

 そう言われてしまうとこれ以上はゴロゴロも出来ないなと、クリスティーナはソファーから体を起こす。

 するとテレサはクリスティーナに手紙を差し出し「お茶の準備をしてまいりますね」と言い退室していった。


 手紙を封書から取り出すとそこには先日は楽しかったという事と、2週間後に控えたシャーロットの誕生日を祝う夜会には必ず来て欲しいという事が書かれていた。

 クリスティーナもそのつもりではあったし、元々王家主催の夜会は国中の貴族たちが出席するのが暗黙の了解でもある。デビューしていない時ならいざ知らず、デビューしてしまった身としては確実に参加せざるを得ない事は明白である。

「ドレス、お兄様にお願いしなくちゃ…」





***************************





 そして2週間後、クリスティーナはいつも通り兄2人と一緒に馬車に揺られていた。

 エドワルドは今日の王太子付きの任務があるらしい。

 ドレスはいつも通り兄が手配してくれたものを着用し、長兄から渡される眼鏡をかけている。

 ただいつもと違うのは、王宮に近づくにつれ兄たちの雰囲気がピリピリしたものに変わっているという事だ。

 クリスティーナに対してはいつもの優しい兄なのだが…。



(王宮で何か嫌な事でもあるのかしら……?)



 そして何とか王宮に着くと長兄のアレキサンドリアにエスコートされ馬車から降りる。

 そしてクリスティーナがこの日の為に用意した、シャーロットへの誕生日プレゼントも忘れずに持って降りる。

「王女殿下へのプレゼント、お喜びになると良いね」

 オルフェンシアが微笑んで言った。

「はいっ!」

 そう言ってクリスティーナが前に目を向けると、いつもの案内係の使用人だけでなく隣には一人の侍女が立っていた。

「マリアさん…?」

 そう呼ばれた彼女は3人に向かって一礼すると微笑む。

「私はシャーロット王女殿下の侍女を務めておりますマリアと申します。本日は王女殿下を祝う宴にお越し下さり誠にありがとうございます。実は夜会に出る前に王女殿下がクリスティーナ様と過ごされたいと申しております。同伴されている兄君様お二人には申し訳ありませんが、クリスティーナ様のみ王女殿下の控えの間まで私と一緒にいらして頂きたく存じます」

 兄2人は一瞬怪訝そうな表情をしたものの、「王女殿下と思し召しとあらば」と言いクリスティーナを送り出した。


 クリスティーナはマリアに案内され、シャーロットの待つ控えの間に向かった。

 始めは内宮にあるのかと思っていたが、内宮に続く道を通り過ぎた為、それは外宮にあるのだという事が分かった。

 控えの間に近付くと、大広間から流れる音楽が聞こえてきた。

 恐らく大広間の裏側に当たる方向に控えの間はあるのだろう。


 そう思い歩いていると、不意にひとつの大きな扉の前でマリアが立ち止まり傍に控えていた騎士に一言告げる。

 すると扉は開かれ、マリアが中へ入る様にとクリスティーナへ促した。

 クリスティーナが中に入るとソファーに淡い紫色のドレスを身に纏うシャーロットが座って微笑んでいた。

 その姿はまるで物語に出て来る妖精の様だと思い、クリスティーナは思わず見とれて溜息を吐いた。

「クリス、我が儘を聞いてくれてありがとう、来てくれて凄く嬉しいわ!」

「えっ、そんな!シャル、お誕生日おめでとう!いつにも増して綺麗だわ!思わず見とれてしまう程よ」

 ソファーから立ち上がってシャーロットが歩くと、その動きに合わせてドレスに使われているシフォン素材の布が揺れて可憐さが増す。

「ふふっ、ありがとう。あら、その手に持っている物は?」

「あ、これシャルへのプレゼントなの。喜んで貰えると良いのだけれど…」

 シャーロットは嬉しそうに受け取り「開けても良いかしら?」と言ったが、こっそりおすすめのの本だと告げると頬を紅潮させクリスティーナを抱きしめた。

「では後で見させてもらうわね!楽しみだわ!!!マリア、このプレゼントは決して誰にも中を開けさせない様にしてわたくしのお部屋に持って行ってちょうだい。必要なら私の名を使っても構わないわ!」

「かしこまりました」

 シャーロットは満足そうに頷き、クリスティーナへ視線を戻した。

「ところでクリス、実はわたくしはあなたにお願いがあってここに呼んだのよ」

「お願い、ですか?」

「そう、マリアあとはお願いね」

「お任せ下さい」

 そう2人が話すと、周囲に控えていた侍女たちにクリスティーナは控えの間の続き部屋に連れて行かれる。

「えっ、何ですか!?え!?シャル!!!?」

「ふふふ、大丈夫よ、マリアたちに任せておしまいなさい」

「えぇっ!?」


 続き部屋に行くとそこにはシャーロットが着ているドレスと同じドレスがそこにはあった。

 ただ違うのは、そのドレスは紫色ではなく淡い桃色のドレスだった。

「クリスティーナ様にはこちらに着替えて頂きます」

「え?どうしてですか…?」

「だって、貴女にそのドレスは全く似合っていなくてよ。それに、今日はわたくしの誕生日ですもの。わたくしのお願いを叶えて欲しいのよ」

「お願い…」

「そういう事ですわ。それでは着替えてしまいましょうね。あと、せっかくテレサさんたちがきれいにお化粧をして下っているのですし眼鏡も取ってしまいましょう」

「眼鏡も、ですか?」

「ええ、それともメガネが無ければ周りがお見えになれませんか?」

「いえ、寧ろ外した方が周りが見えるので…」

「ではその様に」


 そのままクリスティーナは、まるで自分の為に作られたのではないかというぴったりなサイズのそのドレスをまとわされた。

 そして、ドレスに合わせて結い上げていた髪の毛をもう一度形を変えて結いなおし、ハーフアップにしてそこに髪飾りを付け、ネックレスは瞳と同じ色のエメラルドの飾りがついたものを付けられた。


 一通りの着替えが済むと、控えの間で待っていたシャーロットの前に連れて行かれる。

 彼女は振り返ってクリスティーナを見た途端、大きく目を見開いて動きを止める。

「あの…、シャル?」

「クリス、あなた…」

 そう言うとシャーロットはクリスティーナに近付き手を取ると、大きな鏡の前まで連れて行って前に立たせた。

「あなたこんなにも綺麗なのに何であんな…!クリスはさっきわたくしの事を綺麗だと言ったけれど、貴女の方こそこんなにも綺麗で天使の様よ!」

 クリスティーナは鏡の中の自分を見つめる。

 いつも兄が用意するドレスとは違う大人っぽいデザインで、胸元は大きく開いておりいやがおうにも自分が大人の世界に一歩踏み入れたことを実感させられた。

「スタイルだって、わたくしなんかよりも良いのに、本当に勿体ない!今度からはあんなドレスを着ては駄目!眼鏡も!」

 クリスティーナはシャーロットの勢いに促されコクコクと頷くしかなかった。

 それを見たシャーロットは満足したのかにっこりと微笑む。

 その時控えの間のドアがノックされ会場に入る時間が来た事を従者が告げる。

「じゃあ、私はマリアさんに案内してもらって広間に戻るわね」

「何を言っているの、あなたはわたくしと一緒に出るのよ。その方が面白いでしょう。お父様にはさっき許可を頂いたわ」

「え~~!?」

「さ、行きましょう!」

 シャーロットはクリスティーナと手を繋ぎ従僕が案内する後について歩き出す。

 クリスティーナは訳も分からずなされるがままについて行く事になってしまった。




(私、これからどうなってしまうのでしょう~~~!?)

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