災難だと思って。。。

紀之介

私には、似合わないし。

「これ、掛けてみてよ!」


 定番デートコースである眼鏡屋の店頭。


 雅紀君は、目に止まった眼鏡に、手を伸ばしました。


「え?」


 棚から、次に雅紀君に掛けさせる眼鏡を物色していた茜さんが振り返ります。


「な、なんで…」


「茜の眼鏡姿が、見たい。」


「イ・ヤ!」


 茜さんは視線を逸らしました。


「私には、似合わないし。」


 唇を噛む茜さんの耳に、雅紀君が囁きます。


「我儘に付き合って、色んな眼鏡を、取っ替え引っ替え掛けて見せてる僕の、ささやかな願いを、聞いてくれないの?」


「わ、判ったわよ」


 渋々受け取った眼鏡を、茜さんは不本意そうに掛けました。


「どう? 似合わないでしょ!」


「そんな事ないよ♪」


 ニコニコ顔で眺める雅紀君。


 絶えきれなくなった茜さんの手が、眼鏡のフレームに伸びます。


「─ もう、良いよね?」


「自分の眼鏡姿、鏡で 確認しなきゃ。」


「見たくないの!」


 眼鏡をそそくさと外し、戻す棚を探す茜さん。


 その様子を眺めながら、雅紀君が苦笑します。


「可愛かったのに。。。」


----------


「駄目だからね!」


 茜さんは、先に眼鏡屋を出て、扉の横で待っていた雅紀君に軽く指を突き付けました。


「いきなり、何?」


「レーシック」


 呆れた顔で、歩き始める雅紀君。


「…するなんて言った覚え、ないんだけど」


「一応、釘を差しておこうと思って。」


 数歩いて、茜さんが追いつける様に 立ち止まります。


「眼鏡を…しなくなるから?」


 横に追いついて、小さく頷く茜さん。


 雅紀君は、視線を前に向けて呟きました。


「必要なくなても…デートの時には、掛けてあげるって」


「伊達眼鏡は、邪道なの!」


「マニアの拘り?」


「私はごく普通の眼鏡好きであって、マニアじゃないから!!」


----------


「茜ってさあ…」


 意を決した様に、雅紀君が口を開きます。


「僕が眼鏡してたから、付き合いたいって思ったんだよね?」


 横を歩いていた茜さんは、能天気に肯定しました。


「そう♡」


「もしコンタクトレンズにしたら…どうするつもり?」


「─ 別に、どうもしないよ」


「眼鏡、掛けなくなっても?」


 茜さんは、前に回り込みました。


「もう雅紀の事が…取り返しが付かないぐらい、好きになってるから。。。」


「…え?」


「災難だと思って、眼鏡は諦める。」


 急いで顔を背けた雅紀君が、眼鏡のブリッジの中央を人差し指で押し上げます。


 いつもの様に、フレームの両端を持って眼鏡を直さないのは、動揺を隠すためだと確信し ニンマリする茜さん。


 勝利宣言をするため、雅紀君の耳に 顔を近づけます。


「参ったか♡」


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「もしコンタクトに変えても…」


 雅紀君に腕を組む様に催促する茜さん。


「デートの時には、眼鏡を掛けて来てね?」


 左腕を差し出しながら、雅紀君は渋い顔をします。


「…さっきの感動が、台無しなんだけど」


「災難だと思って、諦めたら?」


 茜さんは、差し出された腕に縋り付きました。


「雅紀だって、もう私の事…取り返しが付かないぐらい 好きになってる筈だし♡」

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災難だと思って。。。 紀之介 @otnknsk

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