だから僕は、ずっと君の傍にいる。

ika男

窓際少女と絵描きの僕

「雨、止まないね。」


そう言った彼女は、何故か嬉しそうに顔を上げ、目を輝かせる。

まるで家に帰れない事が神様からのプレゼントかのような顔で微笑んだ。


「なんで嬉しそうなのさ」


「だって、家に帰っても暇だからねー」


クラスの窓際の席で、外を眺めながらニコニコな彼女の後ろで鳴りやまない雨音が、とても相反している。

もう放課後で本来なら帰っている時間だが大雨警報が出てしまい、クラスで待機命令が出ているのでしばらくは帰れなさそうだ。


「ねえ、絵描いてよ」


輝いた目のまま、僕の方を見つめる彼女。

そんな彼女が唐突に、お願いをして来た。


「...いやだ」


ほんの少しだけ首を縦に振りそうになってしまったが、無常に断る。そんな目をされても困る。


「なんでよ、たまにはいいじゃない。ねえ描いてー」


「今日はそういう気分じゃないから描かないよ」


絵というのは描きたい時に描くものだ。宿題でよくある、描いて来なさいって言うのはただの拷問でしかない。乗り気じゃないときにベストプレイが出来るはずがないだろう?


「ほんっとケチ。バカ、アホ、脳みそ筋肉、さわやか男!」


ムッとした表情で彼女は僕の目を見つめて来るが、その整った顔のおかげで全く怖くない。むしろ可愛い。


「僕、雪よりも成績良かったし、後半なんて褒めてるだけじゃん」


「うるさいなーもー...えへへ」


雪とは小中高と同じで、家もそこまで遠くはない。と言っても田舎なので、大体はみんな同じ中学に行って同じ高校に入る。だけどそんな中でも雪とは仲が良く、親と同伴で遊びに行くほどの仲良しだった。


雨が止まない。クラスでは男子達が携帯を持ち寄って何かしているし、女子は女子で化粧道具を取り出したり、お菓子を食べたりと先生たちがいないことに自由気ままである。


雨音は先ほどよりも大きく、空も何重にも藍色を重ねたかのような、真っ黒でいて吸い込まれそうな色を放っている。


「ねえ、そういえばさ」


また唐突に、話を振ってくる。だけど今度はさっきと違って神妙な顔つきで、蛇がカエルを睨むかのように、母親が子供を叱る直前のような声のトーンで僕に声をかけてくる。

はい、と二言だけ反射的に答えてしまう。


「チョコ、もらったの」


チョコ、というのはあの甘く茶色のお菓子である。僕は甘いものは苦手だけど、その意思に反して

好意的に思っている相手にプレゼントするイベントが、昨日あったのだ。彼女はそれに対して怒りを示しているのだろう。


「まあ、うん。ちょっとだけ。でも僕、甘いものはあんまり好」


「そういうのはいらない。何個もらったの」


僕の言い訳を食い気味に遮り、回答によっては殺すという殺意さえ浮かぶその眉間のしわが、僕の命を握っているかのようで冷や汗が滴る。ああ、早く雨よ止んでくれ。


「何個...だったかなー。えー...4個?...いや5だったかも、そこまで数えてないよ。」


「8個、だよね。」


僕も知らないのに、なんで雪が知ってるんだよ。ここまで来ると怖いよ。

つい黙ってしまう。僕は嘘は言ってない。本当に数えてなかった。

昨日の朝、机の中をのぞくと何個か入っていたのだ。別に告白とかはされてないぞ、手紙付きとかはあったけれど...


「ねえ雪、何で怒ってるの」


「べつにーなんでもないし。...ほんとになんでもないもん」


「そう...じゃあまあいいけど」


深くは聞かない、自分から地雷を踏みに行く必要は無いのだ。

しばらくの間、無言の僕たちを沈黙が包む。大体、怒ってる理由はわかる。

それに、雪の性格上。どれだけ拗ねていても自分から話しかけてくるだろうな、ほら、きた。


「ねえねえねえ、何でチョコもらったのー。」


また同じ話題だ、それほど気になってるのだろうか。


「もらいたくてもらったんじゃないし、サッカー部のマネージャーとかだからほとんど義理だよ。義理。」


「ほとんどって事は本命もあったってことなんでしょ!もういいし、オッケーして付き合えば?」


「だから机の中に入ってたんだってー、それに誰とも付き合う気はないよ。」


また沈黙。黙っては喋り、黙っては喋る。いつものスタイルだ。

このままだと話題も変わらないだろうし喧嘩になるかもしれない。僕から話を振ってみよう。


「そういえばさ、今朝、お前のお母さんが今日の晩御飯誘ってくれたよ」


「えっ、そうなの?珍しいね。なんかあったっけ。」


「まあ、ない事もないけど...」


たわいもない雑談を続けていると、甲高いチャイムが鳴り、放送が学校中に響き渡る。校内放送にて待機命令が解除された。...そろそろ帰るか。


「雪、一緒に帰ろう。」


「うんっ。」


相変わらず、いつも笑ってるな。雪は。

僕は自分のカバンを持ち、教室を出る。


今日はもっといろんな話をしようと思ってたんだけどな。こうして合うと何を話せばいいかわからなくなる。

お互いに黙ったままで、玄関までたどり着いた。警報は止んだとはいえ、雨は降っているので傘をさす。


「ほら、入って。一緒に帰ろ。」


「やったー相合傘だー。」


「去年もやっただろうに...濡れないように気をつけてよね。」


クラスメイト達が周りでざわついている。色々喋ってるけど今は耳に入らないな。

今日ばっかりは雪と一緒だから。



「...久しぶりだね。」


「うん。」


雨は降り続いてる。ざあざあと音を立てながら、僕たちの会話を隠すようにして、延々と水の弾ける音が周りに響いていた。


「元気だった?私はちょーげんき」


「雪が元気なのは見てわかるよ。僕も元気。」


「ふふっ」


あの日も雨だったな。これくらい降ってたっけ。今でも覚えてる。

僕は雨が嫌いじゃない。鉄分の匂いがするし、湿気でじめじめする時もあるけれどそれも含めても嫌いになれない。


「別に、ほかの女の子と付き合ってもいいんだよ。」


「それは僕の勝手。」


雪とは、長い間一緒だった。毎日が楽しかった。


「翼先輩とかどう?チョコもらってたよね、手紙付きのやつだったよね。オッケーしちゃえば?」


「あの人は頭が良いから僕とは合わないよ。」


...軽い沈黙が続く。雪が言いたい事はわかってる。不安になってた理由も、攻めたくても攻めない気持ちも。


「わたし、キスしたのあなたが最初で最後だよ。」


「なにさアナタって。...僕も雪が最初だったよ。そして最後」


2年前に付き合い始めたね。今でも覚えてる。サッカーの大会が終わって僕から告白したんだったっけ、あの時の雪のびっくりした顔が面白かった。まさか雪も僕に告白しようと手紙を書いて来てたなんて凄い偶然だった。そう、”だった”。


「私の事、忘れていいよ。忘れて。」


「そのうちねー」


「周りから、妄言はいてるって言われてるの知ってるんだよ。2/15だけ変になる人って言われてるんだってさ。」


泣きそうな顔で僕に冷たい言葉を吐いてくるけど、全然堪えないよ。


「そりゃそうだよ。"2/15だけ一人言をずっと喋ってる人"なんて怖いに決まってる。翼先輩みたいに理解してる人もいるけど普通の人は何も知らない」


「いいんだよ、適当に言わせておけば。僕は今が幸せだから。」


「ダメ、私が許さない。今だけじゃなくて将来まで幸せにならないと許さない。」


「…僕は雪が大好きだよ。でも絶対とか、永遠とかは信じない」


「…」


「だけど、終わりが来るまで僕は大好きなものを大好きって言える人になりたいから。自分にだけは嘘なんてつきたくないよ。…どう?カッコいい?」


「…ちょっとだけねっ!」


僕は、少し照れくさくなり笑ってごまかす。

そうこうしていると雨も上がって日が照ってきた。少しだけ、暖かい日差しが僕たちを照らす。僕は傘を閉じて雪にこう言った。


「じゃあ、今日の君を描かせてくれる?」


「よろこんで」


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