第24話

「芙蓉、どうするつもりですか。」

「ふふ、祓い子になれちゃった。私自身が穢れなのにね。まぁ、でも、この子よりは色んなことが上手にできるわよ、私の方が。」

 コウは芙蓉の考えがわからず、先ほどからもの言わぬヒミを見つめた。

 コウの目線が自分に戻るのを確認してから、芙蓉はその目をまっすぐに見て言った。

「せいぜい後悔すればいいわ。あんたも。あいつらも。…ヒミも。」



『赤目の娘が来たか。…いや、もう赤目ではなかったな。』

 洞窟の暗闇からゆったりとした気配があらわれた。

 姿を現した大柄な男に、そういえばこの男も穢れだったのだと思い出したヒミだったが、ただその悠然とした姿を見つめるばかりだ。

『芙蓉、音を、片方だけ返してやらぬか?』

「しかし、私には戻し方がわかりません。」

『造作もないことだ。そなたが、そう願えばいい。それだけだ。』

「願う…?」

『ヒミに、音を、返す。と。』

 この大きな穢れは、穢れであるはずなのにひどく優しい面差しだ。その動作は優雅で落ち着きがあり、神々しくありながらも相対する者に安心感を与えるような存在感を放つ。ぼんやりと眺めていたヒミに、穢れがふと視線をよこした。

『ヒミ。』

 久方ぶりに己の鼓膜を震わす低音に、ヒミは総毛立った。

『右の音が戻ったであろう?』

 心地よく響く低音が、なるほど右からのみ聞こえる。

『左の音は芙蓉のものだが、良いな?』

 ゆったりと問われてヒミは芙蓉に目を向け、一つ頷いた。

『芙蓉も、良いな?』

「はい。もちろんです。…では、私はこれで。ヒミの代わりに祓い子になってきます。じゃあね、ヒミ。」

 岩戸に姿を消した芙蓉を見送り、ヒミは戻って来た音に耳を澄ました。

 風の音、鳥の声、遠くで何かがぶつかる音、衣擦れのさやかな音、音の無い世界は、一人閉じこもるには都合が良かったが、それ以上に全てから切り離された孤独感に責められ続けた。だが、音が半分戻った瞬間、息を吹き返した。それにここには、優しい音しか存在しない。ヒミが聞きたくないと願った音は一つもこの場に存在しなかった。

「ヒミ、本当に聞こえますか?」

 それまで黙っていたコウがヒミの表情を取りこぼさないように顔を覗き込んだ。

 あまり動かないが、それでも幾分穏やかになった表情で、ゆっくりと頷いた。

『笑顔も戻させるべきだったか?コウ。』

 コウに問うた言葉だったが、ヒミが大きく首を振り、拒否の意を示した。これには何も問いただすことなく、『ゆっくり休め。』とだけ声をかけて穢れは消えて行った。


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